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No.
84

ASBJによる有償ストック・オプションに関する会計処理の検討状況とIFRSとの比較等による考察(上)

(要約)

企業会計基準委員会(以下、「ASBJ」という。)は、いわゆる有償ストック・オプション(基本的に業績目標を行使条件として設定した新株予約権を有償で発行するもの)の発行について、発行企業が労働サービスの提供を受け、その対価としてストック・オプションを発行する取引とみなし、費用計上することが適切との分析をASBJ事務局がとりまとめ、委員の意見を求める等、「ストック・オプション会計基準」等の見直しに関する検討を進めている。
ASBJ事務局は、有償ストック・オプションについて費用計上を求める根拠に、業績目標を設定(業績条件)し発行されたストック・オプションは、ストック・オプション会計基準の趣旨からは、「企業が一定の条件を満たすサービスの提供を期待して従業員等に付与」していることを否定することは難しいことをあげている。
しかし、勤務条件(黙示的なものも含む)がなければ、労働サービスの提供を期待しないと考えることができ、業績条件が付された全てのストック・オプションを費用計上の対象とするのは、ストック・オプション会計基準の適用範囲を広く捉え過ぎており、私は適切でないと考える。
また、IFRS 第2号「株式に基づく報酬」は、①勤務条件(黙示的なものも含む)が付され、かつ、②当該勤務期間内に業績目標が達成されること、の2点が適合した場合、費用計上する取扱いにしており、勤務条件がないものは対象外にとし、ASBJ事務局の分析は、IFRSと差異が生じている。
IFRSと差異が生じた基準を採用するのであれば、勤務条件(黙示的なものも含む)がないものまでストック・オプション会計基準の適用範囲とする、我が国固有の合理的理由を提示すべきであり、さらなる慎重な検討、対応が望まれる。

1. はじめに

弊社が提案してきた、いわゆる有償ストック・オプションは、基本的に業績目標を行使条件として設定した新株予約権を有償で発行するものであり、採用を検討する上場企業が増え広く採用されつつある。
このような状況の中で、有償ストック・オプションの会計処理も企業会計基準第8号「ストック・オプション等に関する会計基準」(以下、「ストック・オプション会計基準」という。)の適用対象か等が不明確であるとの趣旨で、企業会計基準委員会に新規テーマとしての検討を求める者があった。そこで、ASBJでは、2014 年12月1日開催の第301回企業会計基準委員会において、基準諮問会議から ASBJに対して、「権利確定条件付きで従業員等に有償で発行される新株予約権(以下「権利確定条件付き有償新株予約権」という。)の企業における会計処理」を新規テーマとすることの提言があり、2014年12月18日開催の第302 回企業会計基準委員会において新規テーマとして取り上げることが承認された。その後、約10ヶ月間、動きが見えなかったが、2015年10月27日の実務対応委員会での検討が公表され、その後、数回の実務対応委員会及び企業会計基準委員会で審議されている。直近の検討は、2016年3月23日開催の企業会計基準委員会でなされ、それまでの検討過程が説明された上、審議され、その概要が公表されている1)https://www.asb.or.jp/asb/asb_j/minutes/20160323/20160323_index.shtml  2016年4月27日閲覧 「第332回企業会計基準委員会の概要」

これらの審議において提示されたASBJ事務局の分析は、「権利確定条件付き有償新株予約権」をストック・オプション会計基準の適用範囲に含めることが適切であるとされており、公正価値で発行した「権利確定条件付き有償新株予約権」であっても、基本的に報酬として費用計上する会計処理が求められるものとしている。この取扱いは、IFRS 第2号「株式に基づく報酬」の取扱いと異なる点があり、日本基準とIFRSとの差異が生じている。IFRSと異なる会計処理を採用するのであれば、そのようにすべき我が国固有の合理的理由を提示すべきであり、さらなる慎重な検討、対応が望まれる。
本稿では、この観点から、ASBJ事務局の考え方を分析し論点整理を試みたい。
なお、現時点の事務局案は、今後も審議が継続されるものであり、この方針で確定することが決定されたものではないことに留意されたい。

2. ASBJ事務局の分析とIFRS との差異

ASBJ事務局の分析は、『「業績条件が付され、勤務条件も付されているケース」、「勤務条件のみが付されているケース」、「業績条件のみが付され、勤務条件は明示されていないケース」のいずれも、ストック・オプション会計基準の適用範囲に含めることが適切と考えられる」』としている。
一方、IFRS 第2号「株式に基づく報酬」は、「株式に基づく報酬契約」及び「株式に基づく報酬取引」を次のように定義している。

株式に基づく報酬契約 (share-based payment arrangement)

企業(又は他のグループ企業若しくはグループ企業の株主)と他方の当事者(従業員を含む)との間の契約で、所定の権利確定条件(もしあれば)が満たされた場合に、次のものを受け取る権利を他方の当事者に与えるもの

(a) 企業又は他のグループ企業の資本性金融商品(株式又はストック・オプションを含む)の価格(又は価値)を基礎とする金額の、現金又は他の資産

(b) 企業又は他のグループ企業の資本性金融商品(株式又はストック・オプションを含む)

 

株式に基づく報酬取引 (share-based payment transaction)

企業が次のいずれかを行う取引

(a) 株式に基づく報酬契約において財又はサービスの供給者(従業員を含む)から財又はサービスを受け取る。

(b) 他のグループ企業が財又はサービスを受け取る場合に、株式に基づく報酬契約においてその供給者との取引を決済する義務を負う。

また、上記の権利確定条件は、以下のように定義されている。

権利確定条件 (vesting conditions)

    株式に基づく報酬契約に基づいて、現金、その他の資産又は企業の資本金融商品を受け取る権利を相手方に与えることとなるサービスを企業が受け取っているかどうかを決定する条件。権利確定条件は、勤務条件業績条件のいずれかである。

そして、業績条件は、以下のように定義されている。

業績条件 (performance conditions)

    次の両方を要求する権利確定条件

(a) 相手方が所定の期間の勤務(すなわち、勤務条件)を完了すること(勤務の要求は明示的である場合も黙示的である場合もある)

(b) 相手方が(a)で要求されている勤務を提供している間に、所定の業績目標が達成されること

以下、省略

これらの定義により、株式に基づく報酬契約に権利確定条件がある場合、企業が労働サービスの提供を受けているかどうかの判断にあたって、次の2点が重要である。

①権利確定条件は、サービスを企業が受け取っているかどうかを決定する条件であること。

②権利確定条件としての業績条件は、勤務条件を完了し、かつ、当該勤務期間内に業績目標が達成されること。

このことから、勤務条件(黙示的なものも含む)が付されていなければ、上記②の権利確定条件が充たされず、サービスを企業が受け取っていないものと解釈され、報酬として認識されない。
一方、ASBJ事務局の分析では、「業績条件のみが付され、勤務条件は明示されていないケース」も当然にストック・オプション会計基準の適用範囲に含めることが適切と考えられている。ASBJ事務局の分析からは、①黙示的な勤務条件がない場合と②黙示的な勤務条件があったが、退職により勤務期間内に業績目標が達成されなかった場合について、ストック・オプション会計基準の適用範囲に含めることになり、IFRS 第2号「株式に基づく報酬」の取扱いと差異が生じる。
ASBJ事務局は、「業績条件のみが付され、勤務条件は明示されていないケース」をストック・オプション会計基準の適用範囲に含めることが適切と考えることについて、「従業員等に対して付与され、業績条件がある限りは、ストック・オプション会計基準の趣旨からは、『企業が一定の条件を満たすサービスの提供を期待して従業員等に付与』していることを否定することは難しいと考えられるがどうか。2)https://www.asb.or.jp/asb/asb_j/minutes/20160323/20160323_19.pdf 2016年4月27日閲覧第332回企業会計基準委員会 審議事項(7)-2「権利確定条件付きで従業員等に有償で発行される新株予約権の企業における会計処理 参考人との質疑応答を踏まえた検討」20項」とし、この分析について意見を求めている。

第82回実務対応専門委員会(2016年2月23日開催)では、ASBJ事務局の分析による勤務条件の取扱いについて、以下の意見があげられている3)https://www.asb.or.jp/asb/asb_j/minutes/20160323/20160323_22.pdf  2016年4月27日閲覧第332回企業会計基準委員会「審議(7)-5 第82 回実務対応専門委員会で聞かれた意見」8項、9項

  • 権利確定条件付き有償新株予約権を付与する場合、企業と従業員等との間で契約が 交わされることから、当該契約に基づき会計処理をする必要があると考えられる。 ここで、契約上、勤務条件がない場合、例えば将来働く義務のない業績連動ボーナスと同じと考えられるので、勤務条件があるとみなすことは適切ではないと考える。
  • 勤務条件が明示されていない場合に勤務条件があるとみなすことについては、実際 に企業が有償新株予約権の発行当初において勤務条件をどの程度期待していると いえるのかによるのではないか。

前者は、明示的な勤務条件がない場合、勤務条件があるとみなすことは適切でないとし、事務局の分析に賛成しない。後者は、黙示的な勤務条件があるかどうかについて、実態に照らした検討が必要であることを示唆しており、IFRSと同様の考えである。
また、IFRSの取扱いとの違いからは、次の意見があげられている4)同上10項

  • 仮に日本基準において勤務期間に関わらず業績条件が付されていれば、労働サービスの提供を期待していると整理する場合、IFRS 第2号「株式に基づく報酬」において、業績条件の定義に、要求されている勤務提供期間に所定の業績目標を達成することが含まれている点に関して日本基準との差異となり、結果として報酬費用の期間按分の取扱いが異なる可能性がある。このため、仮に日本基準の取扱いについて IFRS と差異が生じる場合には、日本基準の考え方を明らかにする必要があるのではないか。

このように、勤務条件がなくても労働サービス提供がなされたとみなす考え方を採用するASBJ事務局の分析は、結果として報酬費用の期間按分の取扱いがIFRSと異なってしまう。
労働サービスの提供がなされたとみなす考え方については、勤務条件との関係で、より慎重な議論が必要であり、IFRSと異なる会計処理を採用するのであれば、そのようにすべき我が国固有の合理的理由を提示すべきであり、さらなる慎重な検討、対応が望まれる。

3. 最後に

日本基準の取扱いについて IFRS と差異が生じる可能性があるASBJ事務局の分析は、その差異が生じる取扱いを採用する、我が国固有の合理的な理由を提示することが望ましいものと考えられる。IFRSと差異が生じた基準を採用するのであれば、より深掘りした慎重な検討を期待したい。
なお、本件のASBJによる議論には、権利確定条件付き有償新株予約権を付与された側は割安と感じて、付与時の評価額と市場価格との間に差異があるかのような疑問等、多くの論点がある。また、会社法等の他の制度面の取扱いとの整合性の論点も存在することから、今回取り上げていない論点については、改めて、次回のレポートで取りまとめる予定である。

以上

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References   [ + ]

1. https://www.asb.or.jp/asb/asb_j/minutes/20160323/20160323_index.shtml  2016年4月27日閲覧 「第332回企業会計基準委員会の概要」
2. https://www.asb.or.jp/asb/asb_j/minutes/20160323/20160323_19.pdf 2016年4月27日閲覧第332回企業会計基準委員会 審議事項(7)-2「権利確定条件付きで従業員等に有償で発行される新株予約権の企業における会計処理 参考人との質疑応答を踏まえた検討」20項
3. https://www.asb.or.jp/asb/asb_j/minutes/20160323/20160323_22.pdf  2016年4月27日閲覧第332回企業会計基準委員会「審議(7)-5 第82 回実務対応専門委員会で聞かれた意見」8項、9項
4. 同上10項

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