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156

「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」のコミットメントを強化する有償ストック・オプションの活用法(2024年4月30日号)

Topic. ► 「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」のコミットメントを強化する有償ストック・オプションの活用法


はじめに

東京証券取引所(以下、「東証」)が上場企業に対して「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を要請してから1年が経過しました。かかる取組みの中で、東証は今年2月に、同対応について投資家の支持を得た事例を取りまとめ、「投資者の視点を踏まえた『資本コストや株価を意識した経営』のポイントと事例」と「(別紙)事例集」1)東京証券取引所 (2024年2月1日) 「投資者の視点を踏まえた『資本コストや株価を意識した経営』のポイントと事例の公表について」
として公表し、29社の取組みを好事例として取り上げました。

東証は「ポイントと事例」の中で、投資家が企業に期待する取組みの具体例として、「経営資源の適切な配分を意識した抜本的な取組み」や「資本コストを低減させるという意識を持つこと」と並行して、以下の取組みを行うことが期待されると述べています。

中長期的な企業価値向上に対する経営陣・取締役会のコミットメントを強化し、株主・投資家からの信認を得るという観点から、中長期的な企業価値向上のインセンティブとなる役員報酬制度の設計を行うことも期待されています。

更に東証は「ポイントと事例」の中で、役員に対する株式報酬に関しても言及しています。

株主・投資者の立場でも、経営者のインセンティブがどのように設計されているかは重要なポイントです。特に、経営者が一定の株式報酬を得ることが当たり前と考える海外投資家においては、中長期的な業績や企業価値向上に向けたインセンティブとなる役員報酬になっているかという点は、投資判断上の大きな材料となっています。

本稿では、東証の「ポイントと事例」と「(別紙)事例集」で取り上げられた事例を通じて、「中長期的な企業価値向上に対する経営陣・取締役会のコミットメントを強化し、株主・投資家からの信認を得るという観点」で、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」のコミットメントを強化する有償ストック・オプションの活用法をご紹介したいと思います。
 

有償ストック・オプションの事例

東証は「ポイントと事例」と「(別紙)事例集」のいずれにおいても、ラクスル株式会社が2023年12月に発行した有償ストック・オプションの事例2)ラクスル株式会社 (2023年11月16日) 「第 18 回有償新株予約権(業績目標及び株価条件付ストックオプション)の発行に関するお知らせ」
を取り上げました。

 

 

有償ストック・オプションは、報酬として無償で発行する新株予約権と異なり、役職員等に新株予約権の公正な評価額に相当する金銭の払込みをもってストック・オプションを発行するインセンティブ制度です。上表の事例では、まず新CEOが約87万円の金銭を支払うことで有償ストック・オプションを購入し、予め定められた株価・EBITDAの目標が達成されると、新CEOは権利行使価格にて最大1.5%の株式を取得することができます。一方、行使条件に定められた目標が未達成に終わった場合、新CEOは権利を行使することができず、新株予約権は失効し、最初に支払った金銭である87万円は損失となります。

また、東証は、「ポイントと事例」の中で役員以外の役職員へのインセンティブ制度についても言及しています。

役員に限らず、マネジメント層や一般社員に対しても、自社株式やストックオプションの付与など、企業価値向上に向けたインセンティブを与えることは、幅広い社員における株主・投資者目線の理解・浸透に繋がり、企業価値向上に向けた経営の促進に有効な手段だと考えられます。

 
東証の事例集に掲載された事例ではありませんが、2023年10月に株式会社セブン銀行がマネジメント層や一般社員を対象に幅広く募集した有償ストック・オプションの事例もあります。3)株式会社セブン銀行 (2023年9月8日) 「募集新株予約権(有償ストック・オプション)の発行に関するお知らせ」
この事例は銀行業としては国内で初めて有償ストック・オプションが発行された事例として注目を浴びました。

 


 

有償ストック・オプションの特徴

有償ストック・オプションでは、付与対象者が自らの判断に基づき資金を負担することで新株予約権を取得するため、新株予約権の発行条件をよく吟味したうえで購入することになります。これにより、付与対象者に会社の業績目標や株価を強く意識付け、社内における意識改革のきっかけとしても機能させることができます。
また、行使条件に定められた企業の目標が達成されない場合、付与対象者は権利行使することができず、付与対象者が当初に払い込んだ金銭は損失となります。このように、有償ストック・オプションは付与対象者自身が損失リスクを負うスキームであるため、「株主・投資家からの信認を得るという観点」から「中長期的な企業価値向上に対するコミットメントを強化する」ことが可能だと考えられます。
 
税務上の取扱いに関しては、国税庁が昨年7月に発表した「ストックオプションに対する課税(Q&A)」4)国税庁 (2023年7月7日) 「ストックオプションに対する課税(Q&A)」
を通じて、課税関係が明確化されました。適正な時価で購入した有償ストック・オプション(権利行使価格をストック・オプション発行時の株価に設定したもの)については、権利行使時において給与所得課税が生じることはなく、その後の株式売却時にのみ譲渡所得が生じることが示されています。
一般的に、有償ストック・オプションは発行済株式数に対して1%から3%程度の株式を対象として発行される場合が多いため、株価上昇時に発生するキャピタル・ゲインも大きくなり、先述のとおり譲渡所得課税の対象となるため、高いインセンティブ性を有しているといえます。
 
会社法上は、有償ストック・オプションは企業が発行する有価証券を付与対象者がその価値分を金銭で払い込んで投資として引き受けるものと整理されているため、上場会社においては取締役に対しても取締役会決議のみで発行することができます。したがって、無償のストック・オプションを取締役向けに発行する場合に必要な報酬枠に係る株主総会決議が不要であるため、年に一度の定時株主総会のタイミングを待つことなく、柔軟な開示スケジュールで機動的に発行することができます。
 

日本監査役協会公表の監査役監査実施要領5)公益社団法人 日本監査役協会 監査法規委員会 (2023年5月22日) 「監査役監査実施要領」においても、有償ストック・オプションが下記のように記載されています。
 

役職員が、新株予約権の公正価値相当額を実際に払い込んで新株予約権を付与される場合(いわゆる有償ストック・オプション)は、新株予約権を報酬として付与するものでもなく、また、公正価値による発行であるので、以下に記載する有利発行決議や報酬決議、事業報告における開示の対象とはならないと考えられている。

 
有償ストック・オプションには、企業が目標とする業績や株価を達成した場合に初めて権利行使可能となる条件が付されることがほとんどであり、権利行使されて希薄化が生じた場合でも、業績や株価の上昇が伴うことになります。そのため、企業価値向上に向けて経営陣と既存株主の利害を一致させることができます。
 

おわりに

本稿では「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」のコミットメントを強化する有償ストック・オプションの活用法について、事例を交えてご案内させていただきました。役職員による金銭の払込みをもって発行されることや、企業が目標とする業績や株価の条件が行使条件として付されることから、有償ストック・オプションは「中長期的な企業価値向上に対する経営陣・取締役会のコミットメントを強化し、株主・投資家からの信認を得るという観点から、中長期的な企業価値向上のインセンティブとなる役員報酬制度の設計を行う」うえでの選択肢の一つになると考えられます。
 
有償ストック・オプションは、新株予約権を公正価値で発行することが前提のスキームであり、理論的価値に基づいて発行されなければ、株主から有利発行による差止請求を受ける可能性があるほか、会計・税務上の問題が生じる場合もあります。そのため、有償ストック・オプションの発行を検討する際には、その理論価値については対外的な説明責任が果たせるよう、新株予約権の評価実務に精通した専門家に事前相談することが必要となります。
 
プルータス・コンサルティングでは、創業来20年間、ラクスル株式会社株式会社セブン銀行の事例を含め、上場・未上場を問わず延べ2,000件を超える有償ストック・オプションの発行事例に関与し、新株予約権の評価のみならず、その発行手続や導入事例などに関する適切なアドバイスを実施してまいりました。有償ストック・オプションの発行をご検討の際には、是非お気軽にお問合わせください。

 

執筆者紹介


小西 智大 < コンサルティング部 コンサルタント >
慶應義塾大学経済学部卒業。東証プライム上場の事業会社で法人営業に従事したのち、プルータス・コンサルティングに入社。現在は、スタートアップから上場企業まで幅広い企業を対象に、戦略的な資本政策を提案している。


株式会社プルータス・コンサルティング 広報担当

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References   [ + ]

1. 東京証券取引所 (2024年2月1日) 「投資者の視点を踏まえた『資本コストや株価を意識した経営』のポイントと事例の公表について」
2. ラクスル株式会社 (2023年11月16日) 「第 18 回有償新株予約権(業績目標及び株価条件付ストックオプション)の発行に関するお知らせ」
3. 株式会社セブン銀行 (2023年9月8日) 「募集新株予約権(有償ストック・オプション)の発行に関するお知らせ」
4. 国税庁 (2023年7月7日) 「ストックオプションに対する課税(Q&A)」
5. 公益社団法人 日本監査役協会 監査法規委員会 (2023年5月22日) 「監査役監査実施要領」

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