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No.
85
ASBJによる有償ストック・オプションに関する会計処理の検討状況とIFRSとの比較等による考察(下)
(要約)
今般、企業会計基準委員会(以下、「ASBJ」という。)事務局がとりまとめた、業績条件付き有償ストック・オプションについて費用計上することが適切とする分析は、会社法上の報酬概念と会計上の報酬概念に差異が生じることを前提にしている。
しかしながら、平成18年5月1日施行の会社法は、「ストック・オプション等に関する会計基準」との整合性を意識して制定され、「ストック・オプション等に関する会計基準」は、会社法の施行日から適用された経緯がある。
会社法上の報酬概念と会計上の報酬概念に差異が生じることを株主に説明しないまま、業績条件付き有償ストック・オプションを発行すると、株主は費用計上の影響に気づかない可能性がある。また、説明をしたとしても、会社法上の報酬概念と会計上の報酬概念に差異が生じる旨の理解は、一般投資家にとって難しいものと思われる。
仮にASBJが上記の分析に基づく新たな会計基準を適用するのであれば、会社法上の報酬概念と会計上の報酬概念に差異が生じてでも、新たに費用計上の範囲を拡大する理由を合理的に説明し、法曹界等の関係者の理解を得ることが必要であろう。この際の説明において、業績条件付き有償新株予約権の価値評価に疑義があることを背景にした説明では、当然に理解が得られないのであり、新たに費用計上の範囲を拡大する合理的な理由を明確にすることが必要である。
1. はじめに
No.73「ASBJによる有償ストック・オプションに関する会計処理の検討状況とIFRSとの比較等による考察(上)」においては、ASBJ事務局が、とりまとめた、業績条件付き有償ストック・オプションについて費用計上することが適切とする分析は、勤務条件がないものを対象外とするIFRS 第2号「株式に基づく報酬」と異なり、ストック・オプション会計基準の適用範囲を広く捉え過ぎており、かつ、その論拠が明確でないため、適切でない旨の解説をした。
また、No.74「ASBJによる有償ストック・オプションに関する会計処理の検討状況とIFRSとの比較等による考察(中)」においては、IFRS 第2号「株式に基づく報酬」について、
- 業績条件付き有償ストック・オプションは、発行価格が公正価値であっても、勤務条件が付されていれば、IFRS 第2号「株式に基づく報酬」は、付与された役職員から業績達成のための労働サービスが提供されるものとみなされ、費用計上が求められること。
- したがって、IFRS 第2号上の公正価値は、真の公正価値である発行価格よりも高くなると解釈されること。
を解説した。
確かに、勤務条件が付されていれば、付与された役職員から業績達成のための労働サービスが提供されるものとみなす考え方自体は、一つのロジックとしてはあり得るのであり、勤務条件を付した業績条件付き有償ストック・オプションについて費用計上することは理解できる。しかしながら、業績条件付き有償新株予約権の価値評価に疑義があることを背景に、全ての業績条件付き有償ストック・オプションを費用計上の対象とする分析は適切ではない旨の解説をした。
本稿では、「ASBJによる有償ストック・オプションに関する会計処理の検討状況とIFRSとの比較等による考察」の最終回として、ASBJ事務局がとりまとめた分析に基づく会計基準が適用されると、会計上の報酬と会社法上の報酬との間に差異が生じることを解説した上で、実務上の課題を考えてみたい。
2. これまでの会社法と会計基準との整合性にかかる取組み
「ストック・オプション等に関する会計基準」が求める費用計上につき、会社法と会計基準との整合性を図るべく、会社法の制定がなされたことについて、「ストック・オプション等に関する会計基準」における結論の背景として以下の記載がある。
22. 会社法(平成 17 年法律第 86 号)においては、本会計基準の処理に対応して、募集新株予約権について、「割当日」と「払込期日」を区分して、ストック・オプションを付与された者が、その割当日(本会計基準にいう付与日)から新株予約権者になることを明らかにするとともに、払込金額が存在する場合については、払込期日までに払い込めばよいこととされている(もし、払込期日までに払込金額全額の払込みがなされない場合には、権利行使できないこととされている。)(会社法第 245 条及び第 246 条)。 また、ストック・オプションの発行の際に払込金額を定めた場合には、本会計基準の処理に対応して、従業員等がサービス提供を行うことにより、従業員等が株式会社に対して報酬債権を取得し、新株予約権者は、株式会社の承諾を得て、払込みに代えて、当該株式会社に対する債権をもって相殺するという法的な構成を行うことが可能とされている(会社法第 246 条第 2 項)。 なお、ストック・オプションについては、会社法上の払込金額の有無又は多寡にかかわらず、本会計基準を適用の結果算定された金額で費用及び新株予約権の計上を行うとともに(第 4 項及び第 5 項)、その行使があった場合には、これを前提に払込資本への計上等の会計処理(第 8 項)を行うことに留意する必要がある。 |
さらに、平成18年5月1日に施行された会社法以前の旧商法においては、ストック・オプションを役員報酬として取り扱っていなかったが、会社法では、役員に付与されるストック・オプションが報酬として整理され、会社法361条1項に基づき株主総会において取締役報酬として承認決議することが求められている。
このように会社法は、「ストック・オプション等に関する会計基準」との整合性を意識して制定されてきたことから、「ストック・オプション等に関する会計基準」は、会社法の施行日から適用された。
しかしながら、今般、ASBJ事務局がとりまとめた、業績条件付き有償ストック・オプションについて費用計上することが適切とする分析は、会社法上の報酬概念と会計上の報酬概念に差異が生じることを前提にしている。
3. 会社法と会計との間で報酬概念に差異が生じること
業績条件付き有償ストック・オプションは、一般に、新株予約権の公正価値相当額を実際に払い込んで新株予約権を付与されるものと整理され発行されている。その上で、業績条件付き有償ストック・オプションは、会社法上、企業が発行する有価証券への投資と整理されており、取締役が付与対象者となる場合でも株主総会による報酬決議(会社法361条1項)は求められないものと理解されている1)大石篤史=奥山健志=小山浩「インセンティブ報酬の設計をめぐる法務・税務の留意点(下)」商事法務No.2078(2015)33頁、高田剛「実務家のための役員報酬の手引き」(2013)291頁。また、公益社団法人日本監査役協会の「監査役監査実施要領」57頁において同様の解説がある。http://www.kansa.or.jp/support/el001_160520_1a.pdf 平成28年6月29日閲覧。
一方、ASBJ事務局がとりまとめた、業績条件付き有償ストック・オプションについて費用計上することが適切とする分析に基づく会計処理を前提にすると、業績条件を考慮した付与時の評価額(発行価格)が会社法上は公正価値であっても、会計上は追加の報酬が発生してしまい、会社法上の報酬概念と会計上の報酬概念に差異が生じることになる。
会社法上の報酬概念と会計上の報酬概念に差異が生じることを株主に説明しないまま、業績条件付き有償ストック・オプションを発行すると、株主は費用計上の影響に気づかない可能性がある。また、説明をしたとしても、会社法上の報酬概念と会計上の報酬概念に差異が生じる旨の理解は、一般投資家にとって難しいものと思われる。
4. 会計上の報酬概念を広くする理由が曖昧であることの問題
No.74「ASBJによる有償ストック・オプションに関する会計処理の検討状況とIFRSとの比較等による考察(中)」で解説したとおり、権利確定日前に退職した者に対するストック・オプションについて、ASBJ事務局は、退職日以後、費用を追加計上することを提示しているが、これについて、「退職日以後は、労働サービスが提供されなくなるため、費用の追加計上が生じることに違和感が生じる可能性があるものの、前項のストック・オプション会計基準の考え方からは、むしろ費用の追加計上を行ったほうが整合的な会計処理になるものと考えられる。」と分析している。
上記の「前項のストック・オプション会計基準の考え方」とは、「権利確定日には、ストック・オプション数を権利の確定したストック・オプション数(以下「権利確定数」という。)と一致させる。これによりストック・オプション数を修正した場合には、修正後のストック・オプション数に基づくストック・オプションの公正な評価額に基づき、権利確定日までに費用として計上すべき額と、これまでに計上した額との差額を権利確定日の属する期の損益として計上する。」とする取扱いである。
ASBJ事務局は、無償発行のストック・オプションと同様、業績条件付き有償ストック・オプションについて、業績条件が達成されなければ、権利確定日において費用計上額が修正されてゼロになることを提示している。
また、この分析は、後に業績条件が達成できなければ、事後に修正して費用がゼロになるので、保守的に暫定で良いから、費用計上は、積極的に行なうべきと考えているものと思われる。
過大な費用計上も事後に修正して費用がゼロになり適正な会計処理になるとの考えであるならば、合理性に欠ける。このような考え方から、業績条件付き有償ストック・オプションにかかる費用計上は積極的に行なうべきと考えて、会計上の報酬概念を拡大するのであれば、合理的でないため、新たに明確な理由を提示することが必要であると考える。
また、会計上の報酬概念を拡大する理由が曖昧であれば、実務において会社法上の報酬概念と会計上の報酬概念に差異が生じることが理解されず、業績条件付き有償ストック・オプションにかかる費用も会社法上、取締役の報酬として株主総会の承認対象になると整理し、そのような手続をとる者があらわれる可能性もあり得る。
そのため、新たな会計基準を適用するのであれば、敢えて会社法上の報酬概念と会計上の報酬概念に差異を生じさせてまでも、新たに費用計上の範囲が拡大する理由を合理的に説明し、法曹界等の関係者の理解を得ることが必要であろう。この際の説明において、業績条件付き有償新株予約権の価値評価に疑義があることを背景にした説明では、当然に理解が得られないのであり、新たに費用計上の範囲が拡大する合理的な理由を明確にすることが必要である。
以上
References
1. | ↑ | 大石篤史=奥山健志=小山浩「インセンティブ報酬の設計をめぐる法務・税務の留意点(下)」商事法務No.2078(2015)33頁、高田剛「実務家のための役員報酬の手引き」(2013)291頁。また、公益社団法人日本監査役協会の「監査役監査実施要領」57頁において同様の解説がある。http://www.kansa.or.jp/support/el001_160520_1a.pdf 平成28年6月29日閲覧 |
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