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No.
84

債券の利回りがマイナスとなる場合の退職給付債務等の計算:実務対応報告第34号の公表

1. はじめに

日本銀行が平成28年 1 月の金融政策決定会合にて導入した「マイナス金利政策」の影響により、その直後から国債の利回りが負の値を示す状況が続きました。昨年11月の米国大統領選挙の結果を受けた金利上昇により、10年国債の利回りは正の値に転じましたが、中期国債利回り及び短期金利は依然として負の値を示しています。
マイナス金利が評価に及ぼす影響については、昨年8月に執筆したNo.77「マイナス金利下におけるオプション評価について」でも取り扱いました。ブラック・ショールズ・式は、無リスク金利が一定であることだけを前提としており、符号の正負を問わず適用できるため、負の無リスク金利をそのまま用いればよいというのがその結論です。その一方で、無リスク金利を負の値のまま用いた場合と、0とみなした場合の結果を比較し、算定されるオプション価値にほとんど差がないことも示しました。
ブラック・ショールズ式によるオプション価値の算定において、金利を負の値のまま用いても0とみなしても結果にほとんど差が生じないのは、他の変数、すなわち株価、行使価格、満期までの期間、配当率、株価変動性の及ぼす影響が大きい一方、我が国における無リスク金利の変動幅はきわめて小さいからです。これと同様、株式価値の算定に用いる割引率についても、リスク感応度、リスクプレミアムによって大部分が決定されるため、金利の及ぼす影響は軽微です。
これに対し、1円単位の金額まで求めなければならない会計処理の世界では、マイナス金利という異例の事態にどう対応するかが当初から問題となっていました。その問題に対する指針を示したのが、企業会計基準委員会から本年3月29日に公表された実務対応報告第34 号「債券の利回りがマイナスとなる場合の退職給付債務等の計算における割引率に関する当面の取扱い」(以下「本実務対応報告」といいます。)です。
本実務対応報告は、退職給付債務の計算のみならず、株式価値算定やオプション評価におけるマイナス金利の取扱いの参考にもなるため、以下にその概要を紹介します。

2. 本実務対応報告の概要

「退職給付に関する会計基準」第20項では、「退職給付債務の計算における割引率は、安全性の高い債券の利回りを基礎として決定する。」とした上で、安全性の高い債券の例として、国債、政府機関債及び優良社債が列挙されています。しかしながら、平成28年2月に導入されたマイナス金利政策の影響を受け、残存期間が短期の国公債のみならず、長期の国債等についても史上初めてマイナスの利回りを記録しました。「退職給付に関する会計基準」の策定にあたっては、割引率の基礎となる債券の利回りがマイナスとなることは必ずしも想定されていなかったことから、本実務対応報告において、必要と考えられる当面の取扱いが示されるに至ったものです。

3. 会計処理

退職給付債務、勤務費用及び利息費用(以下、「退職給付債務等」といいます。)の計算に際し、割引率の基礎とする安全性の高い債券の支払見込期間における利回りが期末においてマイナスとなる場合、利回りの下限としてゼロを利用する方法と、マイナスの利回りをそのまま利用する方法のいずれかを選択適用することが示されました(本実務対応報告第2項)。
この取扱いは、平成29年3月31日以降1年内に終了する事業年度に限り適用されます(本実務対応報告第3項)。平成30年3月31日以降に終了する事業年度については、上記いずれかの方法によることを定めた指針の公表に向けて、引き続き検討を行う方針が示されました。(本実務対応報告第17項)

4. 論拠

債券の利回りが負の値となる場合の割引率の設定にあたっては、そもそも負の金利の経済的な性質をどのように解釈するかが議論されました。
この点につき、本実務対応報告第11項では、「金銭的時間価値」の観点から、利回りの下限としてゼロを利用する方法と、マイナスの利回りをそのまま利用する方法それぞれの論拠が検討されています1)「金銭的時間価値」については、本実務対応報告において明確な定義づけがなされているわけではありませんが、いわゆる「金銭の時間的価値」を意味するものと解して差し支えないものと思われます。。具体的には、退職給付債務等の計算に用いる割引率は、金銭的時間価値のみを反映した信用リスクフリーレート2)「信用リスクフリーレート」については、本実務対応報告において明確な定義づけがなされているわけではありませんが、オプション評価における無リスク金利に相当する概念と解して差し支えないものと思われます。であるべきですが、現金を保有すれば現在の価値を維持できる以上、金銭的時間価値は0を下回らず、したがって無リスク金利の下限は0であるとの立場が示されます。その一方で、現に無リスク金利が負の値を示している場合は、市場において将来の価値が現在の価値より低くなるものと評価されていることから、無リスク金利は負の値をとりうるとの立場が示されます。筆者個人としては、前者はともかく後者の論理は詭弁のように思えてなりませんが、要は「市場が負というなら負だ」ということなのかもしれません。
次いで第12項では、退職給付債務等の計算と一体をなす年金資産の評価との関連から検討がなされました。具体的には、年金資産の期待運用収益率が負の値を示す場合には、実現主義の観点からも負の利回りをそのまま用いざるを得ないため、退職給付債務等の計算もこれに整合させるべきとの立場が一つです。これに対し、退職給付債務と年金資産は独立して計算される以上、両者の評価を整合させる必要はないとの立場からは、退職給付債務等の計算に用いる割引率を0とみなしても差し支えないことになります。
以上の経緯により、本実務対応報告では、利回りの下限としてゼロを利用する方法と、マイナスの利回りをそのまま利用する方法をいずれも認めるという形での決着が図られました。もっとも、オプション価値、株式価値の算定に関する限り、いずれの方法を採っても結果に大差がないことについては1.で指摘した通りであり、本実務対応報告の結論は筆者としても妥当なものと考えています。

5.公開草案に対するコメント

最後に、本実務対応報告に先立ち公表された公開草案第51号に対し、専門家から寄せられたコメントのうち、代表的なものを抜粋して次頁に紹介します。公益社団法人日本年金数理人会及び公益社団法人日本アクチュアリー会からは、我が国における特殊な状況だけを前提に議論がなされたことに対する批判が寄せられてはいるものの、結論として導かれた会計処理自体を否定する見解は示されませんでした。その背景には、マイナス金利が歴史的・国際的に見ても異例の事態であり、恒常化するとは考えにくいこと、いずれの方法を採っても計算結果に大差が生じないことがあると考えられます。
一般社団法人生命保険協会の意見にもある通り、将来的にマイナス金利の深掘り・長期化等の状況が生じると、いずれの方法を採るかによって無視し得ない差が生じるとも考えられます。しかし、現金を保有することによって現在の価値を維持するという手段が存在する限り、金利が際限なく低下していく可能性は考え難いものがあります。新たな指針の策定に向け、引き続き検討を行うとするのが本実務対応報告の立場ですが、その過程で我々の実務にも影響を及ぼす有益な議論が生まれた場合は、本シリーズでも逐次紹介していく予定です。

公益社団法人日本年金数理人会及び公益社団法人日本アクチュアリー会

公開草案の第 14 項で「国際的な動向も踏まえる必要があると考えられるが、欧州における議論でも、現時点において統一的な見解は定まっていない」と記載されている。これを見ると、あたかも国際的にもマイナス利回りが大きな課題になっているような印象を受け、また、問題解決に向けて欧州で議論が展開しているかのような印象を受ける。しかし国際基準では、原則として優良社債の利回りが用いられるので、現状ではそれほど問題意識が高いとは考えられない。日本基準では、「割引率の基礎とする安全性の高い債券の利回り」として「国債、政府機関債及び優良社債の利回り」が示されている。ここで、国債と優良社債の利回りには、明らかな差異が常時存在しているにもかかわらず、これらが選択的に認められている中で、日本における国債のマイナス利回りだけを取り上げて論点とすることは、議論のバランスを失するように感じられる。

一般社団法人生命保険協会

現時点では国債等の各残存期間におけるマイナスの利回りの幅が大きくないことを踏まえると、本実務対応報告案による取扱いの影響は限定的と思われるが、将来的な金利水準の動向によっては、大きな影響が生ずる可能性もある(例えば、将来的にマイナス金利の深掘り・長期化等の状況が生じると、退職給付債務の評価額が、「利回りの下限としてゼロを利用する」場合と、「マイナスの利回りをそのまま利用する」場合で、大きく異なることも考えられる。)ため、第16項に記載のとおり、利回りの下限としてゼロを利用する方法とマイナスの利回りをそのまま利用する方法のいずれかの方法によることを定めたガイダンスの公表に向けて、引き続き検討を行うことを支持する。

日本公認会計士協会

利回りの下限としてゼロを利用する方法(以下「ゼロ止め」という。)とマイナスの利回りをそのまま利用する方法(以下「マイナス利回り」という。)のいずれが認められるべきかについて継続して検討を行い、できる限り速やかに結論を導くべきである。ゼロ止めとマイナス利回りのいずれかの方法を認めるのは、これから方法を決定する企業に限定し、既にいずれかの方法を採用している企業に対しては、既存の方法の継続適用を求めるべきである。

以上

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References   [ + ]

1. 「金銭的時間価値」については、本実務対応報告において明確な定義づけがなされているわけではありませんが、いわゆる「金銭の時間的価値」を意味するものと解して差し支えないものと思われます。
2. 「信用リスクフリーレート」については、本実務対応報告において明確な定義づけがなされているわけではありませんが、オプション評価における無リスク金利に相当する概念と解して差し支えないものと思われます。

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