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No.
47
公認会計士の懲戒処分から学ぶ株式価値評価の責任
I. 株式価値評価を行った公認会計士の懲戒処分
平成25年3月22日、金融庁は、株式価値評価を実施した公認会計士の懲戒処分を行った。筆者が承知する限りにおいては、株式価値評価業務による公認会計士の懲戒処分は初めてである。
株式価値評価を実施した公認会計士が懲戒処分されたのは、実施すべき手続を欠いていたことによるものであり、手続を実施していれば懲戒処分はなかったのである。今回の事案では、依頼した担当取締役が、これらの手続に協力的でなかったことに大きな原因があり、これを是認した公認会計士にも問題があると認定されたのである。
このような事件を回避するため、他の取締役が、協力的な対応をしていたか否かを監督することが必要であったと言うことができる。監督が不十分であれば取締役の善管注意義務の観点から責任を追求される可能性があることから、会社役員の方々も今回の懲戒処分の理由を把握すべきであると思う。
II. 懲戒処分の対象となった株式価値評価と粉飾事件
懲戒処分を受けた公認会計士の株式価値評価は、上場会社の粉飾事件に利用された。当該上場会社は、1990年代から抱えていた有価証券の含み損が表面化することを避けるため、粉飾に加担するファンドへ有価証券を簿価相当で譲渡した。その上で、ファンドの含み損を穴埋めするため、価値がほとんどない3社の株式を数百億円で買い取り、これら3社の取引価格決定のため、公認会計士から株式価値評価報告書を取得していた。
III. 公認会計士は、責任を負うことはないと思っていたか?
一般的な株式価値評価の報告書には、「依頼者から提供された情報に関して、真実性・正確性・網羅性について検証せず、真実・正確・網羅的であることを前提にしている」旨の記載があり、当該事件に利用された価値算定の報告書にも、Disclaimerとして同様の趣旨が記載されていた。この公認会計士は、事業計画等が信頼できないものであっても、事業計画等が正しいという前提で価値算定を行なった旨を表明すれば、如何なることがあっても責任を負わないと思っていたのであろう。
しかしながら、日本公認会計士協会経営研究調査会第32号「企業価値評価ガイドライン」は、「入手した資料に関するこれらの検証に代えて、評価に際して採用できるかといった有用性の観点からの検討分析が必要である。」としており、入手した資料を鵜呑みにして良いわけではなく、Disclaimerの記載があっても責任を負うことがあり得るのである。
Ⅳ. 「企業価値評価ガイドライン」の改正予定と懲戒処分理由
平成25年3月13日開催の金融庁の企業会計審議会監査部会において、日本公認会計士協会は、「企業価値評価ガイドライン」について、上記の誤解がないように、企業価値評価における専門家としての判断(提供された情報が利用可能か検討分析)が必要である旨を明確化するとの説明を行なっている。
今回の金融庁による公認会計士の懲戒処分は、「企業価値評価ガイドライン」の上記の趣旨を踏まえたものと考えられ、以下の3点を、処分理由としてあげている。
- 適切な価値算定に必要十分な情報を得られないまま、価値算定を行ったこと
- 十分な資料の提供がなく経営者インタビューも断られる等の会社の対応からは、その異常性を察知でき、こうした状況からは、企業価値評価報告書が何らか悪用されるのではないかといった観点から、正当な注意を払い、当該価値算定の受嘱の可否を含めより慎重な対応をすべきであったこと
- 事業計画の実現可能性や事業計画期間以降の事業の成長性に関する様々な可能性を十分に考慮した検討をせずに価値算定を行ったこと
Ⅴ. この事件から学ぶこと
価値評価に携わる専門家は、いかなる場合でも事業計画等の資料について、有用性の観点から検討分析を行わなければならない。また、価値評価を依頼する会社の取締役は、取締役会において専門家に提出した事業計画等の有用性について十分な検討・議論が必要であり、その上で、専門家が、資料の有用性に関する検討分析を実施したか否かをも確認すべきであり、この対応がなければ取締役の善管注意義務の問題に発展する可能性がある。
最後に何らかの悪用に利用されることに対して、慎重さに欠ける専門家には、価値評価を依頼すべきでないことにも留意すべきである。
以 上
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