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M&A・組織再編

紛争・裁判

No.
55

MBO等における算定書の情報開示拡大 ―MBO等に関する適時開示内容の充実等についてー

1. はじめに

東京証券取引所(以下「東証」という。)は、平成25年7月8日付「MBO等に関する適時開示情報内容の充実等ついて」(東証上会代752号)の通知を上場会社に行い、MBO等に関する意見表明を行う場合及び支配株主等のとの間の組織再編を行う場合に関し、適時開示資料に記載すべき内容のうち、株式価値等の算定に関してより充実した内容の説明を求め、記載すべき内容を明確化することとした。
また、合併等の組織再編や、公開買付け、公開買付け等に関する意見表明等について、従来から求めていた算定機関が作成した算定書の取得及び東証への提出に関しても、取得・提出すべき算定書の内容の明確化が図られた。
この適用時期は本年10月1日以降とされており、今後他の取引所についても同様の改正が行われることが予想される。

2. 算定の前提条件に関する開示の充実

 

2. 1現在の開示の状況

東証は従来から、合併等の組織再編行為、公開買付け及び公開買付けに関する意見表明につき、具体的な算定方式、当該算定方式を採用した理由及び各算定方式の算定結果の数値(レンジ可)を開示することを要請してきた。しかしながら、算定に用いた具体的な前提条件、例えばDCF法におけるキャッシュフローや、割引率の具体的な数値などの開示までは求められていなかった。また、算定結果が当該取引の実施を前提としたものか否かについても、特に開示は求められていなかった。

2. 2 開示充実の必要性

そもそも、東証が合併等の組織再編、公開買付け及び公開買付けに関する意見表明における算定に関し、一定の情報開示を求めてきたのは、当該算定結果が上場会社の株式の価値や支配権に直接影響が及ぶ可能性があるためである。中でも、意思決定者と投資者の間に、構造的な利益相反関係及び情報の非対称性が存在するMBO等や支配株主との間の組織再編については、投資者が適切な判断を下せるようより充実した開示が求められていた。
一方、どのような開示を行うべきか、については、裁判判例も蓄積し「公正な価格」に関する裁判実務上の考え方が一定程度形成されたことから、実務上の考え方にも一定の進展があった。

2. 3 見直しの対象

以上の経緯より、開示が拡充されるのは、合併等の組織再編、公開買付け及び公開買付けに関する意見表明のうち、意思決定者と投資者に構造的利益相反関係が存在し、投資者の権利保護が特に重要となる以下の取引が対象となっている。

• MBO(公開買付者が対象者の役員である公開買付け等)に対する意見表明
• 支配株主による公開買付けに対する意見表明
• 支配株主との間の組織再編

ただし、上記以外の組織再編、公開買付けに対する意見表明に関しても、投資者の権利保護の必要性が高い場合(例えば支配株主には該当しないが一定の資本関係がある場合など)には、同様に算定の前提条件に関して充実した開示を行うことが望ましいとされている。支配株主側の開示に関しては、開示充実の義務付けはない。

2. 4 各具体的な開示内容充実

MBO等の開示見直しの対象となった取引について、具体的に要請されている提示開示の見直しは、以下のとおりである。

上記のうち、「上場維持を前提にする場合」について、原則として財務予測の具体的数値の記載を求めないこととしたのは、上場維持を前提にした場合には少数株主として応募せずに株式を保有し続けることが可能であること等が考慮されたものと考えられる。
また、支配株主等との組織再編の場合には、①上場株式以外の財産を対価とする場合、ならびに、②上場株式を対価とする組織再編のうち割当ての内容が市場株価と比較し上場会社の株主にとって著しく不利である場合、にのみ「財務予測の具体的数値」を記載することとされている。

3. 東証に提出すべき算定書の内容の明確化

 

3. 1 現状及び問題点

東証は合併等の組織再編行為、公開買付け及び公開買付けに関する意見表明のうち、一定の場合を除いて、上場会社に算定機関が作成した算定書の提出を義務づけている。
算定書の具体的内容としては、算定の前提条件の記載を求めているが、実務上、算定のサマリーのみが提出されるに留まることも多く、算定の前提条件を確認できない場合も多かった。

3. 2 算定書の具体的な内容の明確化

そこで東証は、市場株価法、類似会社比較法及びDCF法について、通常どのような算定の前提条件を記載すべきであるかを明示した。具体的には、以下の点の記載を求めている。

4. おわりに

MBO等や支配株主との間の組織再編の場合に、算定機関が提出した算定に関しての開示情報が拡充されることは、計数での説明義務が明らかとなり、意思決定者に対してより具体的な判断の過程の説明が求められることなり、構造的な利益相反関係及び情報の非対称性から恣意的な決定が行われるリスクに対し、一定の牽制機能を果たすものと思われる。投資者としても、適切な意思決定を下すための情報が充実することとなる。
また、東証に提出される算定書の記載内容が明確化されたことも、東証を通じ、情報の非対称性を利用した恣意的な取引に対する牽制となることが想定される。
一方で、通常の算定書に示される算定結果の本質的な性格は、誰にとっても同じ、唯一絶対の価値を示しているものではなく、算定機関と算定依頼者との間で協議し、合意された一定の前提条件に基づいた分析結果を示しているに過ぎない。したがって、開示の方法によっては、かえって算定機関と算定依頼者以外の第三者の誤解を招く恐れもある1) 日本公認会計士協会経営研究調査会報告第32号「企業価値評価ガイドライン」(改正 平成25年7月3日)130頁には、「一般的に適用すべき評価法や使用するデータの解釈は個別の案件ごとに第三者評価人の判断に依存しているが、必ずしも評価の専門家でない株主等から、他の案件のときと評価法等が違うとのクレームを受けるリスクも存在する。」との指摘がある。。また、実務的には、例えばDCF法で複数のシナリオに基づいている場合にどこまでの開示を行うか、など今後検討していくべき課題もある2)上記脚注1の「企業価値評価ガイドライン」130頁には、「第三者の評価報告書には、秘密保持契約を前提として、評価対象会社の事業計画等、未公開の詳細な財務情報が盛り込まれている場合がある。このとき当該報告書が、法の強制により公衆の縦覧に供せられてしまうと、競合他社等に情報がもれ、評価対象会社の経営に多大な影響を与える可能性がある。」との指摘もあり、開示の方法については、経営に多大な影響を与えないことも考慮すべきとの考えが存在する。
東証の開示拡充の趣旨を踏まえつつも、広く市場に関与する利害関係者の利益に資するような具体的開示内容を定着させるためには、しばらくは実務の推移を見守る必要があるかもしれない。

【事例】
クレックス(本件公表前)

(参考文献)
旬刊商事法務 No.2006「MBO等に関する適時開示内容の見直し等の概要」前東京証券取引所上場部ディスクロージャー企画グループ・弁護士 佐川雄規 平成25年8月5日

 

以上

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References   [ + ]

1.  日本公認会計士協会経営研究調査会報告第32号「企業価値評価ガイドライン」(改正 平成25年7月3日)130頁には、「一般的に適用すべき評価法や使用するデータの解釈は個別の案件ごとに第三者評価人の判断に依存しているが、必ずしも評価の専門家でない株主等から、他の案件のときと評価法等が違うとのクレームを受けるリスクも存在する。」との指摘がある。
2. 上記脚注1の「企業価値評価ガイドライン」130頁には、「第三者の評価報告書には、秘密保持契約を前提として、評価対象会社の事業計画等、未公開の詳細な財務情報が盛り込まれている場合がある。このとき当該報告書が、法の強制により公衆の縦覧に供せられてしまうと、競合他社等に情報がもれ、評価対象会社の経営に多大な影響を与える可能性がある。」との指摘もあり、開示の方法については、経営に多大な影響を与えないことも考慮すべきとの考えが存在する。

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