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29
我が国におけるフェアネス・オピニオンの性格に関する一考察
はじめに
「フェアネス・オピニオンとは何か」と問われて、明確に定義できる方はいらっしゃるのでしょうか。フェアネス・オピニオンは、独立した第三者による取引価格の妥当性についての意見表明をいいますが、我が国においては米国の実務に範をとって近年導入され始めた段階であり、制度化された手続としては位置づけられておらず、その具体的な記載内容も意見表明の前提として実施される手続もいまだ定型化されていないのが現状です。しかし、平成22年に行われた取引所規則の改正に伴い、支配株主との取引においてフェアネス・オピニオンなどの第三者意見の入手が義務付けられたことや、昨年9月に公表された株式会社三井住友フィナンシャルグループによるプロミス株式会社の完全子会社化、昨年11月に公表された株式会社大阪証券取引所と株式会社東京証券取引所グループの経営統合など、大型のM&A案件においてフェアネス・オピニオンを取得する事例が出現したことを契機として、フェアネス・オピニオンに対する注目は高まりつつあります。
本稿では、国内外におけるフェアネス・オピニオンの取得事例の分析を通じて、その特徴を五点に集約した上で、フェアネス・オピニオンが満たすべき条件を明確にするとともに、同じく第三者による意見表明である独立委員会の意見との異同を検討することにより、フェアネス・オピニオンの性格を異なる観点から明らかにしていきます。
1. フェアネス・オピニオンの条件
フェアネス・オピニオンについて、制度上明文化された定義はありません。しかし、米国及び我が国の事例を分析すると、筆者は次のように定義することができるのではないかと考えています。
フェアネス・オピニオンとは、取締役会が意思決定した取引価格とその決定に至る取締役会の経営判断を対象として、独立した第三者が財務的見地から取引価格の妥当性に関する意見表明を行い、取締役の善管注意義務・忠実義務の履行を担保する手続をいう。 |
以上の定義において重要なのは、「取締役会の意思決定」「独立した第三者」「財務的見地」「取引価格の妥当性」「取締役の善管注意義務・忠実義務」というキーワードです。以下ではそれぞれが意味する内容を具体的に解説します。
1. 1取締役会の意思決定に関するものであること
フェアネス・オピニオンは、合併・株式交換などのM&A取引、公開買付け、事業譲渡など、株主の利益に重要な影響を与える取締役会の意思決定に関連して表明されるもので、株主総会などの決議に関して表明されることはありません。
フェアネス・オピニオンの対象となる取引の中には、合併や株式交換など、株主総会による承認を要する取引も含まれることからすると、少なくともそれらの取引に関する限り、取引価格の妥当性は株主自身が判断すればよく、取締役会がフェアネス・オピニオンを取得する必要はないと考える方がいらっしゃるかもしれません。しかし、株主が入手しうる情報は取締役に比べ大幅に限られており、実質的には取締役会が決定した価格を承認するかどうかの権限を有するに過ぎません。そのため、取締役会における取引価格の決定に際し、取締役が善管注意義務(会社法330条、民法644条) ・忠実義務(会社法355条)を確実に履行したかどうかを明らかにする手段の一つとして、第三者による意見を取得する意義が生じるのです。すなわち、第三者算定機関による株式価値算定書に加えてフェアネス・オピニオンを取得することで、取締役会は通常よりも透明性の高い手続を履践したことを示すことができます。このような意味で、フェアネス・オピニオンは取締役会の意思決定を補強するものということができます。
ここで重要なのは、フェアネス・オピニオンは補強の手段であり、それ自体単独では成立しないということです。取締役会の決定した取引価格が妥当であるかどうかを最も適切に判断できるのは、その取引価格の算定に至った前提条件を十分に理解している第三者、すなわちフィナンシャル・アドバイザーまたは第三者算定機関と考えられます。言い換えると、フェアネス・オピニオンは株式価値算定書の存在を前提にしているということになります。
1. 2独立した第三者により表明されること
取締役による善管注意義務・忠実義務の履行を担保するという目的からすれば当然のことではありますが、フェアネス・オピニオンの表明を受託しうるのは、会社からの独立性を有する第三者です。ここで独立性を有するとは、フェアネス・オピニオンの提出先である会社から独立しているだけでなく、原則としてフェアネス・オピニオンが前提としている取引における全ての当事者から独立していることを意味します。例えば、ある会社が他の会社を株式交換により完全子会社化する場合において、株式交換完全子会社が株式交換比率の妥当性に関してフェアネス・オピニオンを取得する場合、フェアネス・オピニオンを表明する第三者は、直接の依頼人である株式交換完全子会社だけでなく、株式交換完全親会社からも独立している必要があるということです。
ただし、フェアネス・オピニオンは制度上の手続ではないことから、社外取締役、社外監査役、会計監査人など法定された制度と違い、第三者としての独立性に関する要件が明確に規定されているわけではありません。そのため、フィナンシャル・アドバイザーがフェアネス・オピニオンの対象となった取引に関して当事者間の価格交渉に対する助言を提供したり、成功報酬を受け取る契約となっているなど、外形上独立性に疑いを生じる余地がある場合も散見されるのは事実です。そのような場合には、フィナンシャル・アドバイザーとして交渉に関与した旨、取引成立を条件として報酬を受け取る旨などをフェアネス・オピニオンに記載することで、独立性の具体的内容を明らかにするような配慮がなされています。
1. 3財務的見地から表明されること
フェアネス・オピニオンは我が国の制度上義務付けられたものではないことから、フェアネス・オピニオンの表明にあたって実施すべき手続や表明すべき意見の内容については、いまだ確立していないのが現状です。したがって、「財務的見地」が何を意味するのかについて明確な回答を示すことはできませんが、フェアネス・オピニオンの性格から一定の要件を導くことはできます。
フェアネス・オピニオン提出までの時系列の流れ上、フェアネス・オピニオン表明のための手続は相当程度の時間的制約の中で実施せざるを得ないため、株式価値等の算定と別個に詳細な手続を踏むのは困難です。そのため、財務的見地から妥当であるかどうかの検討は、事業環境、事業計画の前提条件等に関する取引当事者へのインタビュー、過去の財務情報の検討など、株式価値等の算定にあたって実施した手続を基本的に踏襲することになるものと考えられます。しかし、フェアネス・オピニオンは取引価格の妥当性の関する意見表明という目的を有する以上、意見表明に値する心証を得るための手続は少なくとも必要となります。具体的には、算定作業の実施過程で担当者へのインタビューを通じて確認した事業計画の前提条件につき、マネジメントインタビューの実施により重ねて確認すること、相手方との交渉過程について聴取した事項を最新の情報にアップデートすることなどが考えられます。
日本公認会計士協会の「企業価値評価ガイドライン」では、公表されている3件の事例を分析し、フェアネス・オピニオン表明のために実施された手続を表1のようにまとめています。列挙されている手続の大半は株式価値等の算定に際して通常実施されるもので、フェアネス・オピニオン固有の手続が存在しているわけではありません。
<表1 我が国におけるフェアネス・オピニオンの事例で実施された手続>
出所:日本公認会計士協会「企業価値評価ガイドライン」115ページ「図表Ⅶ-5」
1. 4 取引価格の妥当性に関するものであること
フェアネス・オピニオンは、取締役会により決定された取引価格の妥当性について意見を述べたもので、その他の判断を含むものではありません。したがって、取締役会の意思決定の適法性について意見を述べるものでもなければ、決定された行為そのものの是非について意見を述べるものでもありません。
例えば、公開買付けに際して、対象者の取締役会が賛同意見表明の前提として第三者算定機関によるフェアネス・オピニオンを取得した場合、そのフェアネス・オピニオンは買付価格の妥当性について述べられたものではありますが、株主に対して公開買付けへの応募を推奨するものではありません。応募を推奨するか否かは、取締役会が判断すべき事項であり、フェアネス・オピニオンはそのための意思決定を取引価格の妥当性の観点から補強する材料としての性格を有しています。
1. 5 取締役の善管注意義務・忠実義務の履行を担保すること
上記で検討したフェアネス・オピニオンの特徴は、取りも直さず取締役の善管注意義務・忠実義務の履行を担保するという目的のために必要となるものです。
フェアネス・オピニオンが取得される事例の多くは、株主、とりわけ少数株主との利益相反関係を内包しています。例えば、親会社が子会社を株式交換により完全子会社化する場合など、当事者となる企業の一方が他方を支配している場合には、親会社側と子会社の少数株主との間に利益相反の関係が存在します。かかる状況においては、手続の公正性を担保し利益相反を回避するための措置として、第三者算定機関から株式価値算定書を取得することに加えてフェアネス・オピニオンを取得することにより、取締役の意思決定の妥当性を補強するという対応がとられることがあります。これにより、取締役はより透明性の高い手続を選択したという点で、善管注意義務・忠実義務を果たしたことを明確にすることができ、それがひいては株主の保護にもつながるのです。
2. 独立委員会の意見との異同
1. で示したフェアネス・オピニオンの条件は、取引価格の決定に係る取締役会の判断を補強し、取締役と株主の利害調整を図るという目的を果たすため、実務を通じて慣習的に形成されてきたものでした。これに対して、会社が独立した第三者から取得するその他の意見との異同を検討することにより、フェアネス・オピニオンの特質を異なる視点から捉えることもできます。以下では、取締役会が独立した第三者から取得する意見として独立委員会の意見を取り上げ、これらと比較する形でフェアネス・オピニオンの特徴を検討します。
合併、株式交換、公開買付けなど、株主の利益に重要な影響を与える取引について、会社から独立した外部有識者による委員会が「独立委員会」「特別委員会」等の名称で組成されることがあります。フェアネス・オピニオンの取得は、取締役による善管注意義務・忠実義務の履行を第三者の意見表明によって担保するという点で、独立委員会による意見の取得に類似した性格を有するといえます。しかし、フェアネス・オピニオンと独立委員会の意見との間には、以下のような相違点があります。
2. 1 制度上の取り扱い
独立委員会の意見とフェアネス・オピニオンは、いずれも法令の規定により設置されるものではありませんが、大規模な希薄化または支配権の異動を伴う第三者割当増資と、親会社による公開買付けなど支配株主との重要な取引については、金融商品取引所の規程により、表2に示すような外部有識者の意見の入手が求められています。
ここで、独立委員会の意見は両方のケースで第三者の意見として取り扱われるのに対し、フェアネス・オピニオンは「支配株主との取引」に該当する場合について、少数株主にとって不利益でない旨を記載した場合に限り第三者の意見として取り扱われ、それ以外の場合は制度上の根拠によらず任意に取得される意見という位置づけになります。
<表2 独立第三者の意見の入手が求められる場合(東京証券取引所の場合)>
2. 2 実施の主体
独立委員会の意見は、対象となった取引の必要性及び相当性、少数株主に与える不利益の有無などに関する多面的な判断を含むことから、多くの事例で弁護士及び公認会計士が委員として選任されており、会社の業務執行に関与しない社外監査役が必要に応じて加わる場合もあります。これに対し、フェアネス・オピニオンが株式価値等の算定に関与したフィナンシャル・アドバイザーまたは第三者算定機関によって表明されることは既に述べた通りです。
2. 3 実施の目的
2. 1に示した通り、独立委員会の目的は、第三者割当の必要性及び相当性、取締役会の決定が少数株主にとって不利でないことなどについて意見を表明することにあり、必ずしも取引価格の妥当性を直接の検証目的としたものではありません。しかし、これらの命題の適否を判断する上では、取引価格の妥当性も当然に検討項目の一つに含まれると考えられます。したがって、独立委員会が設置される場合には取引価格の妥当性が第三者の意見によって(少なくとも間接的には)担保されることから、独立委員会の意見とフェアネス・オピニオンの競合関係が問題となります。
この点、独立委員会の意見は、株式価値等の算定に関与しない外部有識者により表明されるのに対し、フェアネス・オピニオンは対価の算定に関与したフィナンシャル・アドバイザーまたは第三者算定機関によって表明されます。したがって、中立性の観点からは独立委員会の意見が、財務的見地からの実質的・具体的な検討に基づく意見という点ではフェアネス・オピニオンがそれぞれ優れており、両者は補完的な関係にあります。実際に、最近の実務では独立委員会の答申とフェアネス・オピニオンを同時に入手する事例も出現しており、これらの事例では手続の公正性がより強固に担保されています。
2. 4 意見の内容
フェアネス・オピニオンの内容は取引価格の妥当性に集約される一方、独立委員会の意見の内容は、取締役会で決定すべき事項に応じて異なります。しかし、取引価格の妥当性は多くの事例において重要な諮問事項の一つとなっており、最終的な答申も取引価格の妥当性に関する判断を含むのが一般的です。
例えば、三井住友銀行株式会社によるプロミス株式会社の完全子会社化を前提とした公開買付けは、公開買付者側がフェアネス・オピニオンを、対象者側が特別委員会の答申書とフェアネス・オピニオンを入手した事例で、プロミス株式会社の委嘱を受けた特別委員会は、表3に示す通り、公開買付け価格を含む公開買付けの条件が妥当である旨の答申を提出しました。
<表3 プロミス株式会社の特別委員会の概要>
※平成23年9月30日付リリース「三井住友銀行による当社株式等に対する公開買付けに関する賛同意見表明のお知らせ」に基づき作成
2. 5 まとめ
表4は、上記の議論をもとに、独立委員会の意見とフェアネス・オピニオンを比較したものです。
<表4 独立委員会の意見とフェアネス・オピニオンとの比較>
おわりに
我が国においても、取締役と会社の間に利益相反相反関係が存在する場合を中心にフェアネス・オピニオンを取得する事例が目立つようになり、フェアネス・オピニオンの実務は導入段階から普及段階に移行しつつあります。しかし、その具体的な内容及び手続には未だ曖昧模糊たるものがあり、フェアネス・オピニオンの特質を正面から取り扱った論考はきわめて少ないのが現状です。本稿がフェアネス・オピニオンの概念の明確化に多少なりとも結びつくのであれば、筆者にとって望外の喜びとするところです。
以上
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