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184
有償ストック・オプションに係る強制行使条項の実務的留意点と事例の最新動向 ~直近事例や実務的観点から読み解く制度設計のポイント~(2026年8月号)

昨今の資本市場において、上場企業が役職員に対してインセンティブ報酬を付与する手法として、有償ストック・オプション(以下「有償SO」という。)が広く活用されています。有償SOは、役職員が自ら公正価値(オプション・プレミアム)を払い込んで新株予約権を引き受けるスキームであり、一定の業績条件や株価条件の設定を通じて企業価値向上に向けたインセンティブを与えることは、幅広い社員における株主・投資家目線の理解・浸透に繋がり、企業価値向上に向けた経営の促進に有効な手段とされています。
有償SOの設計において近年多くの上場企業で導入されているのが、株価が一定水準まで下落した場合に、新株予約権の行使(払込み)を義務付ける「強制行使条項」を組み込むスキームです。この条項は、経営陣に株価下落リスク(ダウンサイド・リスク)を負担させることで、より強い経営へのコミットメントを引き出すことを目的としています。一方で、この条項を組み込むことにより有償SOの公正価値評価が引き下げられる効果があるため、その実効性を巡って市場や監査法人からの視線が厳格化しています。
本稿では、強制行使条項の定義とメカニズム、東京証券取引所(以下、「東証」という。)の最新の開示要請、そして直近の事例を紹介し、実務上の留意点を詳細に解説いたします。
はじめに
有償SOに強制行使条項を付すスキームは、株価下落時の責任を経営陣に負わせるというガバナンス上の意義に加えて、オプション・プレミアムを引き下げる効果を持つことから、多くの企業で採用されてきました。しかしながら、近年、実際に株価が下落し強制行使事由に抵触した、あるいは抵触するおそれが生じた局面において、付与対象者が新株予約権を「自主放棄」したり、会社側が「無償で取得・消却」したりする事例が散見されるようになりました。
これらの事象は、「強制行使条項は評価額を下げるためだけに形式的に設けられたものであり、実効性が伴っていないのではないか(もっといえば、有利発行に該当するのではないか)」との強い疑義を市場関係者や規制当局に抱かせる結果となりました。こうした実態を受けて東証は、会社情報適時開示ガイドブック(2026年7月版)(以下「ガイドブック」という。)において、有償SOの発行に係る開示要請を厳格化し、強制行使条項の実効性を裏付けるための詳細な開示を求めるようになっています。
1. 強制行使の定義と内容の説明
強制行使条項とは、あらかじめ定められた条件(例:「株価が行使価額の50%を下回った場合」など)に抵触した際に、新株予約権の割当者に対して残存するすべての新株予約権の行使(権利行使価額の払込み)を義務付ける条項です。
通常の有償SOは、権利行使条件が達成していることを前提に、保有者が権利行使の可否を任意に選択できる「権利」であり、仮に株価が行使価額を下回っている(アウト・オブ・ザ・マネーの状態)場合には権利行使をする経済的合理性はなく、究極的には損失は当初払い込んだオプション・プレミアムに限定されます。しかし、強制行使条項が付されている場合、株価が下落している状態であっても、付与対象者は満期までの期間において「強制的」に株式を買い取らなければならないため、付与対象者は「行使価額と株価との差額」という損失リスクを負うことになります。
モンテカルロ・シミュレーション等の金融工学的手法を用いた公正価値評価において、このダウンサイド・リスクはマイナスの価値としてモデル化され、結果として新株予約権の公正価値(払込価額)を引き下げる要因として機能します。裏を返せば、この条項が実質的に機能しない(自主的に退職・退任したら放棄できる、あるいは、いつでも放棄できる等)のであれば、算定された公正価値と計算ロジックの前提に齟齬が生じることになり、会社法上の「特に有利な金額」(有利発行)による新株予約権の発行に該当する重大なリスクを孕むことになります。
2. 東証の要請している開示の内容
上記のような実効性への懸念を払拭するため、2026年7月版ガイドブック94頁においては、強制行使条項を付した有償SOの発行に係る募集を行う際の開示・記載上の注意として以下の内容が追記されております。また、強制行使条項を付した有償SOを発行した後においても、一定の事由が生じた場合の経過開示を求めています。
■ガイドブック94頁一部抜粋

3. 直近事例の動向・対応について
強制行使条項の実効性やその解消を巡り、直近で特徴的な対応をとった事例を4件紹介いたします。
- ①A社
同社は2024年において、当時の代表取締役に対して、株価が一定の水準を超えたら権利行使できる株価ノックイン条項及び一定の業績条件を超過したら権利行使できる業績条項のほかに、株価が一定の水準を下回った場合には行使が義務付けられる強制行使条項を付した新株予約権を発行しました。しかし、その後、株価が下落し、強制行使条件に抵触する恐れが生じる中、本新株予約権には、行使条件として「在籍要件」が設定されており、当時代表取締役が辞任することに伴い、本新株予約権を「放棄」する旨の適時開示が行われました。
この事態に対し、同社は第三者委員会を設置して事実関係を調査したところ、調査報告書では、本新株予約権の発行価額の決定にあたって新株予約権者が自らの意思で権利放棄することで強制行使が無効化されてしまう効果が考慮されていなかったことにより、払込金額が過小であったものとして会社法上の有利発行に該当する可能性があるとの指摘がされました。その後、本新株予約権の発行の経緯なども踏まえて、2025年に同社取締役会は前代表取締役に対して民事上の責任を追及するための法的手続を進める方針を決議し、債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟を提起した初事例へと発展しました。
- ②B社
同社が2020年に発行した新株予約権では、株価が一定の水準を下回る価格となった場合に強制行使の義務が生じる条項が付されていました。しかし、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大や世界的な半導体不足という、発行当初には予見不可能な社会環境の大幅な変化により業績が低下し、株価が長期にわたり低迷した結果、強制行使条項に抵触する状態となりました。
同社取締役会は、このような不可抗力的なマクロ環境の変化を要因とする株価低迷において、付与対象者に強制行使義務を負わせることは妥当ではないと判断し、権利行使期間の延長は行わず、権利行使期間の末日を迎えたことをもって消滅したものとして開示をしております。本件は東証の要請であるところの新株予約権の消滅に関する「経過開示」の参考となる事例といえます。
他方で、結果として強制行使条項が最後まで履行されずに消滅したという事実は、当初払い込まれたプレミアムが適正な時価であったかという税務上の論点や、会社法上の有利発行に該当するかという論点が事後的に生じうる点に留意が必要です。
- ③C社
同社が旧経営体制下の2020年に発行した新株予約権には、株価が一定の水準を下回った場合に強制行使を義務付ける条項が付されていました。
その後、2024年に新経営体制へと移行し、利益還元方針等の経営方針が大きく変更されたことに伴い、同新株予約権のインセンティブとしての役割が変容しました。一部の付与対象者から自主的放棄の申し出がなされた際、同社の契約においては強制行使条項発動前の放棄を制約する規定がなかったため、会社側は将来の株式希薄化懸念を払拭し、機動的な資本政策を可能にする観点から、この自主放棄を受け入れ新株予約権を消滅させました。本件は東証の要請であるところの新株予約権の消滅に関する「経過開示」の参考となる事例といえます。
他方で、B社と同様に、こちらの事例でも結果として強制行使条項が最後まで履行されずに消滅したという事実は、当初払い込まれたプレミアムが適正な時価であったかという税務上の論点や、会社法上の有利発行に該当するかという論点が事後的に生じうる点に留意が必要です。
- ④D社
同社は2025年、株価が一定の水準を下回った場合に強制行使を義務付ける条項が付加された新株予約権を発行しました。発行にあたり、発行要項において「割当者は自主放棄することができない」「退職等でも行使義務は消滅しない」旨を明記していました。
しかし発行後、同社の監査法人が委託する外部専門家と、発行時に起用した第三者算定機関との間で、強制行使条件を評価額に反映する際の「前提及び判断」に相違が生じました。会社側は当初の算定結果の合理性を否定するものではないとしつつも、監査法人等との間で公正価値の見解に相違が出ている状態での存続は適切ではないと判断し、割当先との合意に基づき同新株予約権を全て買い戻して直ちに消却するという対応をとりました。本件は強制行使条項が付加されている有償SOは、評価の専門家の間でも意見が分かれ得る高度な論点が含まれており、特に前提条件や評価ロジックによって結果が異なる可能性がある点を示している事例といえます。
また、国税庁公表の『ストックオプションに対する課税(Q&A)』(令和5年5月作成・令和6年11月最終改訂)2頁によれば、有償SOが給与所得として課税されず、株式売却時に譲渡益課税となるための大前提は、当該新株予約権を『適正な時価で有償取得』していることにあります。したがって、D社の事例のように、監査法人の指摘を契機として事後的に評価額への疑義が生じたという事実は、単に会計処理上の見解の相違にとどまらず、当初払い込まれたプレミアムが税務上の『適正な時価』であったかという給与課税リスクや会社法上の有利発行に該当するかという重大な論点も孕んでいることを意味します。
4. 留意点
これらの事例や直近の実務動向を踏まえ、強制行使条項を付加されている有償SOを設計・発行する際の実務的な留意点は以下の通りです。
(1)在籍要件による強制行使条項の免脱を許してはならない
通常の有償SOの行使条件として「権利行使時に当社の役職員等であること」という在籍要件を付し、退職・退任した場合には新株予約権は権利行使できずに消滅するのが一般的ですが、東証の要請事項にある通り、強制行使条項が付加されている有償SOにおいては、新株予約権の公正価値の算定の前提条件として強制行使条項を考慮しているのならば、付与対象者が退任・退職した場合でも強制行使条項が適用される設計にするのが必須であるといえます。
また、このような設計は開示における強制行使条項の実効性を担保する側面のみならず、有利発行の観点からも留意すべき事項であるといえます。具体的には、A社事例における第三者委員会による調査報告書では強制行使条件は義務としての実効性が確保されていなかったにもかかわらず、算定では、本在職条件による本強制行使条件の無効化の効果が考慮されていなかったため、本新株予約権の評価額は、本強制行使条件による減額効果を考慮せずに算定していれば、より高額となっていたのではないかという疑問がある旨記載されており、「有利発行」に該当する可能性がある点が言及されております。
(2)実質が伴った経過開示が必要となる
ガイドブックの改訂により、強制行使条項を付加した有償SOの発行後において、①強制行使条項が発動した場合、②割当先から新株予約権を取得する場合、③割当先からの放棄の申出により消滅する場合、④強制行使条項を発動した新株予約権の全部または一部が行使されなかった場合、のいずれかに該当したときは、「開示事項の経過」として適時開示を行うことが明確に義務付けられました。
ここで重要なのは、ガイドブックが「当初の発行目的や強制行使条項を付することとした経緯・理由を踏まえた会社の考え方を具体的に記載することが望まれます」と言及している点です。すなわち、単に「新株予約権が消滅しました」「買い取って消却しました」というステータスの変更を形式的に報告するだけでは不十分とみなされます。
例えば、B社のように外部環境の悪化を理由として期間徒過により消滅させる場合(上記④に該当)や、C社のように放棄を受け入れる場合(上記③に該当)のように、「なぜ当初はダウンサイド・リスクを受けて入れて評価額を引き下げたにもかかわらず、事後的にその義務を免除・解消する経営判断を下したのか」という背景事情や意思決定プロセスを、市場や株主が納得できるレベルで詳細かつ丁寧に実質が伴った説明するを必要があります。
(3)専門家機関や監査法人への事前確認
D社事例に記載されている通り、強制行使条項が評価額に与える影響(モンテカルロ・シミュレーションにおけるモデリングの前提やパラメータの置き方)については、評価の専門家の間でも見解が分かれるケースがあります。発行会社は、設計段階から起用する第三者算定機関のみならず、自社の監査法人に対して、評価手法の妥当性や会計処理(費用計上の有無、有利発行該当性など)について事前確認や協議を行い、見解の一致を取り付けておくことがトラブル防止の最大の防御策となります。
おわりに
有償SOは、役職員のモチベーション向上と株主価値の共有を実現する有効な手段です。とりわけ強制行使条項は、株価や経営責任へのより強いコミットメントを引き出しつつ、払込負担を軽減する有用なオプション設計として活用されてきました。
しかしながら、その条項設計の恣意性や実効性の欠如は、結果的に会社のレピュテーションリスクや監査対応上の重大なリスク、さらには経営陣への損害賠償請求といった深刻な事態を招く恐れがあります。東証のガイドブック改訂に表れている通り、東証・株主からの要請は「形式」から「実質」へと移行しています。
有価証券設計は、最新の実務動向への深い理解が求められる領域です。有償SO等の導入や既存のインセンティブ・プランの見直しをご検討の際は、制度設計から価値算定、各関係者への対応サポートに至るまで、豊富な実績を有するプルータス・コンサルティングまでぜひお気軽にご相談ください。
参考文献
・日本取引所グループ『会社情報適時開示ガイドブック』
・国税庁『ストックオプションに対する課税(Q&A)』
執筆者紹介
脇 嘉幸 < エクイティ・アドバイザリー部 ダイレクター >
大学院卒業後、プルータス・コンサルティングへ入社し、スタートアップから上場会社まで、有償・無償ストック・オプション、譲渡予約権、第三者割当新株予約権、CB等を含むエクイティに関連した資本政策に関するコンサルティング業務を行う。入社以来1000件以上の関与実績がある。
株式会社プルータス・コンサルティング 広報担当
〒100-6035 東京都千代田区霞が関3-2-5 霞が関ビルディング35階
TEL:03-3591-8123
※ 本メールは、プルータス・コンサルティング社員が名刺交換および面談させて頂いた皆様にお送りしております。配信停止のご希望は こちら から承ります。
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