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183

「資本コスト経営」と「上場維持基準」の最新動向:東証フォローアップ会議に見る企業価値向上と再編への実践的示唆(2026年7月号)

はじめに

2023年3月に東京証券取引所(以下、「東証」という。)より「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」が公表されて以降、プライム・スタンダード市場を中心に企業の開示は大きく進展しました。弊社では前号(-第4回- 我が国のPBRの俯瞰的な分析とPBRの影響要因の検討 2026年6月号)において、この東証要請が我が国のPBRに与えた影響について、統計的・俯瞰的なデータ分析(回帰分析等)を用いてその要因を定量的・理論的に検証いたしました。

しかし、こうした財務理論やデータ分析をいかにして自社の「日常の実務(IRや経営企画)」へと落とし込み、持続的な企業価値向上へと昇華させるかという実務フェーズにおいて、多くの企業が次なる壁に直面しています。
また、東証の「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」はすでに28回開催されており(2026年6月末現在)、「直近の議論をどこからキャッチアップすればよいか分からない」という声も多く聞かれます。現在、上場企業は「資本コストや株価を意識した経営」による自律的な企業価値向上を求められると同時に、2025年3月の上場維持基準の経過措置終了に伴う「上場廃止の現実的なタイムリミット」という重要な課題を抱えているものと認識しております。

本レポートは、東証フォローアップ会議のキャッチアップや本質の理解の一助となるよう、これまでの議論の変遷を整理するとともに、直近の東証の制度変更や最新データから上場企業に求められる実践的な対応のヒントを提示することを目指しています。

1. 「企業価値向上」と「市場再編」に関する議論の変遷:形式から実質へ

東証の要請から約3年が経過し、市場の論点は明確にフェーズが移行しています。過去の議論のエッセンスを、以下の3段階に分類・整理しました。

2. 2026年における東証の新たな施策と着眼点

フェーズの移行に伴い、直近のフォローアップ会議等では、企業のIR・財務戦略に直結する以下の重要な着眼点が示されています。

  • ①「投資家への期待・要望」に関する企業アンケートの実施(対話の「質の向上」と主導権)

これまでは「投資家から企業への要請」という一方向の構図になりがちでしたが、東証は企業側が日頃感じている投資家への課題や要望を公式に可視化し、対話の場を真に「双方向」へと進化させる布石を打っています。企業にとっては、実りある対話の「主導権」を握る好機として捉えることができます。

  • ②「経営資源の適切な配分」のストーリー化(キャピタルアロケーションの明示)

市場の関心は、自社株買いや増配といった当面の資本効率改善を主眼とした株主還元施策にとどまらず、M&Aや人的資本、設備投資といった「成長投資」を原資とした、持続的な企業価値向上のロードマップへと移っています。この動きを決定づけるものとして注目されるのが、経済産業省が本年7月上旬に正式公表を予定している「成長投資ガイダンス」の存在です(2026年6月末現在)。同ガイダンス案では、これまでのROE一辺倒の評価から脱却し、「EP(Economic Profit:経済的利益)」という新たな価値創造指標の重視が掲げられています。
EPは、企業の稼ぐ力を示す「投下資本利益率(ROIC)と資本コスト(WACC等)の差(スプレッド)」に、賃上げや設備・研究開発といった「成長投資額」を掛け合わせて算出されます。つまり、「資本効率の規律」を守りつつ、「どれだけ未来への投資に原資を振り向けたか」を定量化する指標です。
これにより企業は、単に「お金をいくら株主に返したか(または手元に貯めたか)」ではなく、「いかなる投資規律(ハードルレート)に基づき、持続的な価値創造のサイクルを回しているか」という、より本質的なキャピタルアロケーションのストーリー提示が強く求められるようになります。

  • ③未開示企業に対する「理由」の開示要請(スタンスの明確化と説明責任の向上)

「あえて現時点では開示を行わない」と判断している企業に対し、参考情報として「開示していない理由」や「検討プロセス」の記載を促す動きが出ています。高い資本効率を達成している企業であっても、「自社の経営スタンスを市場に対して合理的に説明する責任」が一段高いレベルで求められています。
他方で、直近の第28回フォローアップ会議などにおいても、スタンダード市場の46%が未だ対応に至っていない実態がクローズアップされました。独自の経営哲学に基づきあえて不開示であるのか、あるいはリソースやノウハウ不足に起因する着手そのものの遅れであるのか、市場や投資家側がその内実をより厳格に見極めるフェーズへと移行しつつあります。東証側からも、これら未対応企業に対して検討状況や理由の明示を促す個別のアプローチを強化する方針が示されており、これまでの静観期を経て、各社にとって実質的な検討及び実行を進めるべきタイミングを迎えていると言えます。

  • ④経過措置終了に伴う「上場廃止リスク」への対応とセカンドプランの開示

2025年3月をもって上場維持基準の経過措置が終了しました。基準未達企業は原則1年間の「改善期間」に入り、足元では実際に上場廃止のタイムリミットが間近に迫る企業が多数存在します(2026年1月時点で161社が改善期間中、うち48社が2026年3月に期限を迎える)。これに伴い東証は、万が一適合できなかった場合の「セカンドプラン(市場変更、M&AやMBO等による非公開化)」の検討状況の開示についても要請しています。

  • ⑤MBO増加に伴う「少数株主保護」の厳格化(公正な対価とプロセスの追求)

事業ポートフォリオの見直しや上場維持基準への対応策として、株式を非公開化するMBOや、親会社による子会社の完全子会社化といった抜本的な組織再編が急増しています。これらの取引では、「会社を買い取る側(経営陣や親会社)」と「株を売却して退出を迫られる一般株主(少数株主)」との間で、買い取り価格を巡る構造的な利害対立(利益相反)が発生します。そのため東証は、形だけの決定を排し、買収価格の妥当性を客観的に検証する「特別委員会」の実効性確保や、より高い価格での買収提案がないかを確認する市場構造の整備など、少数株主を保護するための上場制度の見直し(2025年7月施行のMBO規則改正等)を断行しました。
不適切なプロセスによる非公開化は、法的リスクやレピュテーションリスクを伴うため、実務上極めて厳格な手続きが求められています。

3. 上場企業の実務に与える影響と求められる対応

上記の最新動向を踏まえ、大企業の経営企画やIR担当者は、単なる開示資料の修正にとどまらない本質的なアプローチとして以下の重要実務へ舵を切る必要があります。

  • ①「保有キャッシュ・資金調達から成長投資・M&A」に至る財務規律(投資基準)の確立

自社の最適な資本構成を見極めて資本コスト(WACC等)を的確に把握し、それをベースとした「投資ハードルレート」を明確に設定することです。この規律に基づきM&Aや設備投資の採算性を厳格に評価・実行する仕組みを社内に定着させることが、市場に対して「規律ある成長戦略」を訴求する上で重要な出発点となります。

  • ②投資家との対話を通じた「エクイティ・ストーリー」の動的なアップデート

IRミーティング等で得られた投資家からのフィードバックを適切に反映させ、計画を常に進化させていく姿勢が求められます。最新リストで「アップデート日」が可視化された事からも、単に初回の形式を整えるにとどまらず、具体的なアクションプランの開示と適切なタイミングでのアップデートを行う企業側のスタンスが投資家に選好される重要な要素となります。

  • ③自社に最適な「セカンドプラン」の多角的な検証と、再編ガバナンスの確保

上場維持基準の経過措置が終了し、本格的な「改善期間」に移行した今、基準充足に懸念がある企業や、上場の維持コストがメリットを上回っている企業は、自律的な株価改善の努力を継続しつつも、万が一の事態を見据えた「セカンドプラン」をフラットにテーブルに乗せて検証すべき時期を迎えています。
検討すべき選択肢は、スタンダード市場等への市場変更、他社との資本業務提携やM&Aを通じた業界再編への参画、あるいはMBO等による非公開化など、自社の事業構造やリソースに応じて多岐にわたります。どのような選択肢を模索するにせよ、特にMBOや親会社による完全子会社化といった「組織再編」を伴うセカンドプランを具体化するフェーズにおいては、先述の通り、一般株主との利益相反を防ぐための「特別委員会の設置」や「独立した第三者による客観的な価値算定」など、極めて厳格なガバナンスプロセスを初期段階から設計・遂行しておくことが実務上不可欠です。

  • ④【スタンダード市場・未対応企業】「検討中」の開示による初動スタンスの表明

直近の東証方針を踏まえ、未対応のスタンダード市場企業においては、完成された計画の公表を意識しすぎて足踏みをするのではなく、「検討状況の開示(検討中ステータス)」を速やかに公表することが有効なアプローチとなります。対話の実質化が求められる中、進捗状況が見えにくい状態が継続することは、市場からの十分な理解を得る上で丁寧な対応が求められる局面と言えます。まずは「資本コストの算定や事業ポートフォリオの棚卸しに着手し、役員会での議論を開始した」というプロセス自体を示すことが、変革への真摯なスタンスを伝えるメッセージとなります。
ただし、役員会を実効性のある全社戦略の場とするには、経営企画・IR部門が捉える市場の課題感を経営陣へ確実に共有し、役員層全体で資本コストやファイナンスの共通言語を醸成していくことが重要です。この経営陣との目線合わせを並行して進めながら、段階的に精緻な現状分析へと進めるロードマップを描くことこそが、市場との信頼関係を維持するための着実な実務ステップとなります。

おわりに:持続的な企業価値向上と再編に向けたパートナーとして

市場からの持続的な評価を獲得し、また上場企業としての責務を果たすためには、形式的な他社追随にとどまらず、自社の経営スタンスに即した一貫性のある財務戦略の実践と、あらゆる選択肢を排除しない高度な経営判断が不可欠です。

プルータス・コンサルティングをはじめとするプルータス・グループでは、企業価値向上に向けた「資本コスト・ROIC等の多面的な分析」や「PBR改善計画の策定支援」、M&Aにおける「投資基準(ハードルレート)の策定支援」といった東証要請に準じた投資家との対話に資する主に財務的見地からの各種支援に加え、「新株予約権等を活用した資本業務提携政策の助言」など、資本政策におけるソリューションを提供しております。
さらに、上場維持基準への対応策や事業ポートフォリオ見直しの結果として、非連続成長の為のM&Aやカーブアウト、MBO(非公開化)、TOBといった抜本的なコーポレートアクションをご検討される場合においても、独立した第三者機関としての公正な「株式価値算定」はじめ、買付者・対象会社・対象会社の特別委員会それぞれの立場における「フィナンシャルアドバイザリー」、「フェアネス・オピニオンの取得」など、複雑化する再編プロセスでの伴走支援を得意としております。

東証の要請が「双方向の対話と実質化」へと移行し、市場再編が加速する今、貴社ならではの独自の強みを活かした経営改革と市場評価の向上に向けて、ぜひお気軽にご相談ください。

 

参考文献

日本取引所グループ『市場区分の見直しに関するフォローアップ』
 

執筆者紹介

山上 浩司 < コーポレート・カバレッジ部 エグゼクティブ・マネジャー >
新卒から約7年間野村證券株式会社にて勤務後、株式会社日本M&Aセンターに同じく約7年間在籍。
一貫して「有価証券」を巡るディールを経験した後当社へ。実体験で得たケーススタディやノウハウを生かし、現在はIPO・M&A・その他資本政策のソリューション提案を行う。大阪府出身。


株式会社プルータス・コンサルティング 広報担当

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