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No.
180

非上場株式の「持ち合い解消」を巡る株式価値の紛争化(2026年3月号)

はじめに

2022年3月に「非上場会社 譲渡制限株式を巡る紛争の増加」と題したメールマガジンを執筆した。その後、裁判所における「株式価格決定」の申立て件数は驚異的な速度で増加している。商事法務等のデータによれば、2022年に28件、2023年に41件であった件数が2024年には222件へと急増。2025年についても4月30日時点ですでに92件に達していた。※1
わずか数年で紛争がこれほどまでに増加した背景は、前回のメールマガジン※2でも述べた通り、株主側の現金化ニーズの増加や、非上場株でも法律上の手続きを用いれば換金可能であることの認識が広まったこと、そのような手続きを専門的に取り扱う法律事務所が増加したことなどが一因であると考えられる。

こうした紛争は非上場株式を相続して相続税の納付を強いられた、または、今後次世代の相続税を考慮する必要がある個人株主が中心となって行われることが多かった。
しかし、足元では上場会社や金融機関がこのような紛争の主体となる事例が増加しつつある。

※1 「東京地裁における商事事件等の概況_Ⅴ非訟事件_2株式価格決定事件【商事法務20250915】」
※2 2022年3月31日号「非上場会社 譲渡制限株式を巡る紛争の増加」参照

株式持ち合い解消 上場株から非上場株へ

上場会社同士の持ち合いが本邦特有の課題であるとされて久しく、コーポレートガバナンスコードの改定ごとに持ち合い株式に関連する開示項目は加重され、上場会社による株式保有銘柄数は近年減少し続けており2019年から2025年にかけても半減した。

2023年3月には東証による「資本コストや株価を意識した経営」の要請が行われ、上場会社は自社の資本コストを上回るROE(自己資本利益率)を計上し続けることが明示的に求められるようになった。すなわち、上場会社は単に売上、利益を上げればよいのではなく、分母である資本を極力圧縮していくことも求められている。
そのためには、資本コストを下回る利回りしかあげることのできない資産を処分していくことが必要となる。保有しているだけでは一義的には配当しか得ることのできない持ち合い株式は、ひとまず処分検討の対象とならざるを得ないことも多いであろう。

処分の判断をしない場合には有価証券報告書への記載のみならず、株主に対する合理的な説明を求められることとなり、アクティビスト(物言う株主)の標的にされる事例もまま見受けられる。
こうした背景の中で、株式が上場されていて処分が容易である上場株式の持ち合い解消は相当なペースで進んできたといえる。

ここで、ROEの観点からすれば非上場株式の方がより説明が難しいことが多い。なぜならば、非上場株は配当が無いか僅少であることが多いし、売却によりキャピタルゲインが得られる機会も乏しい。株式保有による取引機会の増加等、その他の合理的な理由が存在すればよいが、長い歴史の中でそのような事情が失われていることも多い。だとすると非上場株は上場株に優先して処分を検討されるべきとも考えられるが、非上場株はそう簡単に換金できないものと諦められてきたことも多いであろう。
しかし、上場株式の持ち合い解消が一定進んできた近年では、処分対象が非上場株式に及び、本稿の主題である法律の手続きを利用した換金機会の創出が検討、実行される事例が出始めているのである。

相続税評価額と公正価値の差異

非上場株の売却を検討するにあたっての障害は、買い手を見つけることと「価格」である。非上場企業では株式の取引がほとんど生じることがないことが多く、株式価値について検討されるほとんど唯一の機会が相続の時となることも多い。相続の際の相続税計算のための計算式であるいわゆる「相続税評価額」は、大量の課税事務負担を軽減し、機械的画一的に相続税を計算するための式であり、課税負担の公平性や過度な納税負担を負わせることのないよう配慮して極力簡素な式となっている。非上場企業側では株価に対する認識としてはこの「相続税評価額」しか持っていないことも多く、相続以外で例えば持株会との取引などが生じた場合には便宜上の価格として相続税評価額が提示されることも多くある。

一方で上場会社が資産を処分する際には「時価」「公正価値」である必要があって、それを下回る価格での売却は株主への説明責任の観点から困難である。
実際のところ「相続税評価額」と「公正価値」の間には何倍もの差が生じることも多くあり、当事者同士の交渉では取引の合意が不可能に近いような状況に陥ることもある。
こうした背景も相まって、裁判所による価格決定が求められることにつながってくるのである。

なお、本稿では余談となるが近年では「相続税評価額」を課税当局側が否認する事案が相次いでおり話題となっている。※3

※3 2023年3月31日号「国税庁方式の安易な適用には要注意 – 税務目的の評価において相続税評価額が否認されDCF法等による評価額で課税処分が下された事例 – 」参照

近時の裁判トレンド・留意点

株式価格決定申立事件が急増していることに加え、2022年にビジネス・コートが設立されて商事事件が集中的に取り扱われるようになったことにより、裁判所において急速にノウハウの集約が進んでいる傾向が見受けられる。
かつては「相続税評価額」で算出した結果を含めた複数の手法による算定結果を適当に折衷することにより決定が出された事案も散見されたが、近年では一般の取引で用いられる公正価値の算定方法と裁判所による株価判断の方法が徐々に近接してきている様子が窺える。

一般の株式取引では、最も理論的であるDCF法を中心に、類似会社比較法を併用して公正価値のレンジが算出されることが多い。これを取引当事者それぞれが算出し、双方のレンジをにらみながら、交渉により一意の値が合意されれば取引が成立する。
ビジネス・コート設立以降は、裁判所と学者や実務家との意見交換も行われているようであり、近年は裁判所がDCF法(事業計画がない場合などは収益還元法)を重視する傾向が高まっていると考えられる。

非上場会社側のリスク許容度のシミュレーション

上場会社により株式売却の意向や株式買取りの要請が非上場会社に対して行われる機会が増えている。そのような場合に、最終的には裁判所による価格決定が行われることもある。
そこで非上場会社側の事前の対策としては以下のような観点から備えを始めることが肝要である。

1. 公正価値のシミュレーション
過去の取引価格と公正価値のレンジとの差異を事前に把握する。公正価値シミュレーションの過程で、公正価値を検討するために必要となる将来収益や資産価値等について早い段階で検討しておくことも有用となる。

2. 資本政策の再構築
会社の成長に伴う買取資金の膨張を想定し、経営計画と連動した資金準備を行う。

3. 戦略的な株式集約
株価がさらに上昇する前に計画的に株式を集約する検討を始める。

 

執筆者紹介

山田 昌史 < 常務取締役 米国公認会計士・京都大学 経営管理大学院 客員教授 >
早稲田大学商学部卒業。組織再編・種類株式等の有価証券発行を中心に大手企業からベンチャー企業まで様々なフェーズの資本政策関連のアドバイザリー業務に従事し、多数の案件を手掛ける。最近の具体的プロジェクトとしては、年間多数の上場会社の公開買付け、株式交換、スクイーズアウトによる完全子会社化、共同株式移転などの組織再編アドバイザリーを担当するほか、フェアネス・オピニオン業務、第三者割当てに係る資金調達アドバイザリー、非上場会社の資本構成の再構成コンサルティング、ストック・オプションなどのインセンティブ・プラン導入コンサルティングなどがある。
セミナー、企業研修講師多数。多くの裁判案件や企業買収に係る第三者委員も務める。 著書に「企業価値評価の実務Q&A」(分担執筆、中央経済社)、論稿に、旬刊商事法務No.2126「JCOM最高裁決定の示唆する「公正な手続」と実務」(共著)、No.2105「各種インセンティブ・プランの比較と時価発行新株予約権信託の最新動向」(共著)、企業会計Vol.68No.5「制度の変遷で理解する株式報酬諸制度のメリット・デメリット」、旬刊経理情報No.1487「フェアネス・オピニオンの基礎知識と活用場面」(共著)、No1468「第三者割当新株予約権の設計上のポイント」、No1432「株式価値をめぐる近時の裁判例をどう読むか」(共著)No1285「第三者割当増資等に係る事前相談の準備ポイント」などがある。

林 将大 < フィナンシャル・アドバイザリー部 エグゼクティブ・マネジャー >
慶應義塾大学経済学部卒、北京語言大学中国語課程修了。野村證券、香港の金融機関にて幅広い金融業務に従事した後、Fintechスタートアップへの経営参画を経て現職。現在はFAS部門でM&Aのエグゼキューションを中心としたアドバイザリー業務をメインに、裁判対応や資本政策の支援を行う。


株式会社プルータス・コンサルティング 広報担当

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