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No.
92
近年における公開買付けの状況
1. はじめに
平成23年から平成28年までの直近6年間における上場株式の株券に対する公開買付けの件数は、平成27年を除き、年間おおむね70件前後で安定的に推移しています。
ただし、公開買付けの目的は変遷しています。平成23年から平成24年にかけては、経営陣による自社株買収(MBO)や完全子会社化など、支配権の移動を伴う取引が比較的多くの割合を占めていたのに対して、平成26年以降は自己株式の取得が多くの割合を占めるようになっています。また、特に平成27年以降、MBO及び完全子会社化を目的とする公開買付けにおけるプレミアムが再上昇の傾向を示しています。
本稿では、近年の公開買付けにおいて自己株式取得が増加している背景を考察するとともに、公開買付価格の市場株価に対するプレミアムを、取引の目的別に分析します。
2. 近年における公開買付けの件数の目的別推移
表1は、平成23年から平成28年までの直近6年間においておける上場株式の株券に対する公開買付けの件数を、買付けの目的別に示したものです。
全体の件数は、平成27年を除き年間70件前後で安定的に推移していますが、平成26年以降自己株式取得を目的とした公開買付けの割合が増加している点については上述の通りです。
<表1 平成23年から平成28年までの公開買付けの目的別推移>
平成28年においては、自己株式取得を目的とした公開買付けの件数が占める割合は前年よりも低くなっているものの、大型の買付けが相次いだ点が特筆されます。特に、株式会社NTTドコモによる自己株式取得を目的とした公開買付けは、3,000億円を超える大規模なものとなりました。同社の事例からも、自己株式取得を目的とした公開買付けは依然として盛んであることが窺われます。
自己株式取得のための公開買付けが増加している背景として、平成26年に制定された日本版スチュワードシップコードと平成27年に制定されたコーポレートガバナンス・コードの影響が挙げられます。
日本版スチュワードシップコードは機関投資家の、コーポレートガバナンス・コードは企業の行動規範を示したものですが、投資家と企業の対話を通じて企業価値の向上や持続的成長を促すことにより、受託者責任が適切に果たされる仕組みを整備しようとする点において、両者は共通する目的を有しています。そして、企業価値の向上と持続的成長を図る上では、資本効率に対する意識の向上が重要な課題の一つとなります。
こうした背景から、企業の保有する余剰資金を株主に還元することが、資本効率を向上させる上で有効な施策として認識されるようになった結果、平成26年以降自己株式取得を目的とした公開買付けの件数が顕著な増加を示したものと推察されます。
3. 近年の公開買付けにおけるプレミアム分析
表2は、平成23年から平成28年の各年における公開買付け価格の市場株価に対するプレミアム及び日経平均株価の変動幅を示したものです。プレミアムは、公開買付届出書提出日の前営業日(以下、「基準日」といいます。)の終値及び基準日を含む直近1ヶ月、3ヶ月及び6ヶ月の終値単純平均値に対して算出したものですが、自己株式取得を目的とした公開買付けについては、公開買付届出書に6ヶ月平均株価を記載していない事例が多いため、集計の対象外としました。また、参考として各年における日経平均株価の最小値及び最大値についても記載しています。
<表2 公開買付価格の市場株価に対するプレミアム>
3. 1 プレミアムの動向
直近における公開買付けプレミアムの特徴として、MBO及び完全子会社化におけるプレミアムが再度上昇に転じている点が挙げられます。すなわち、平成23年及び平成24年のプレミアムは、MBOで35%から40%、完全子会社化でおよそ48%から67%の範囲にありましたが、平成26年にはそれぞれ26%から31%、16%から31%の範囲に低下しました。しかし、平成27年及び平成28年においては、MBOについては全ての期間について40%を超え、完全子会社化についても33%から46%の範囲に上昇しました。
公開買付けプレミアムは、取引の目的だけでなく市場環境にも依存する傾向があり、株式相場が低迷しているときは比較的高率の、株式相場が活況を呈しているときには比較的低率のプレミアムが付されやすくなります。平成23年及び平成24年には、日経平均株価が大半の期間にわたり10,000円未満の低い水準で推移していることからすると、当時と同等のプレミアムが平成27年及び平成28年に観察されている事実は、少数株主の排除を伴うMBO及び株式交換において、少数株主の利益の保護がより重要視されている傾向を示すものといえ、MBOでは特にその傾向が顕著に窺われます。
3. 2 MBOにおけるプレミアム再上昇の背景
MBOにより株式市場から退出した企業が短期間のうちに再上場するという行為については、市場の信頼性確保の観点から懸念を示す声が従来から存在していました。それらの意見を集約する形で、東京証券取引所と日本取引所自主規制法人は、MBO後の再上場時の上場審査に追加的な視点を加える趣旨とした「MBO後の再上場時における上場審査について」を平成28年12月2日に公表し、MBOを実施して上場廃止となった会社が再上場する場合には、改めてプレミアム配分の適切性が問われることが明記されています。
また、コーポレートガバナンス・コードの中でも株主の利益を害する可能性のある資本政策について言及があり、支配権の変動や大規模な希釈化をもたらす資本政策については、既存株主を不当に害するおそれが指摘されるとともに、取締役会・監査役会は、株主に対する受託者責任を果たす観点から、その必要性・合理性を慎重に検討し、適正な手続を確保するともに、株主に十分な説明を行うべきであることが明記されています 。
このように、MBO時に少数株主の利益が不当に害されることを防止し、株主や投資家の利益に配慮する姿勢が明確に打ち出されたことは、公開買付けプレミアムが再上昇に転じた要因の一つと推察されます。
4. おわりに
本シリーズでは、平成22年4月の第1回に「過去2年間の事例に見る公開買付け(TOB)と第三者割当」を取り上げたのを始めとして、過去5回にわたって直近の公開買付け事例の動向を調査・分析してきましたが、今回の調査結果はそれらの中で最も顕著な傾向が表れたものとなりました。すなわち、自己株式の取得を目的とした公開買付けの事例が増加するとともに、MBO及び完全子会社化を目的とした公開買付けにおけるプレミアムが上昇するという結果です。そしてこれらの背景も明確でした。
日本版スチュワードシップコード及びコーポレートガバナンス・コードの制定を受け、株主利益の保護に対する市場の意識は、調査を開始した当時に比べて明らかに高まっています。この潮流が公開買付けの実務に今後どのような影響を及ぼすかについても、継続的に調査していく予定です。
以上
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