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No.
93
新規公開株式のディスカウントの状況
1. はじめに
平成29年における新規上場件数は平成29年4月時点で30社を超えており前年同期よりも上回る水準で推移しています(市場変更も含む)。
新規上場株式の公開価格は、ブックビルディング方式により決定されますが公開価格は、上場後に想定される株価に対して一定のディスカウントを考慮して決定されるものと考えられており、このディスカウントは「IPOディスカウント」と呼ばれています。
本稿においては、IPOディスカウントの意義及びIPOディスカウントが行われる背景について解説し、その上で平成29年1月から平成29年4月末までに我が国で新規に上場した企業を対象にして、IPOディスカウントを推計し、最近のIPOディスカウントの状況を概観します。
また、IPOディスカウントと似て非なる概念である非流動性ディスカウントについても、その意義及び非流動性ディスカウントの推計についても解説します。
2. IPOディスカウントの意義及び背景
IPOディスカウントとは、未上場企業が新規上場に伴うファインナンスを行う際の公開価格決定に関して、投資家が負う新規上場特有のリスク、上場会社と比べた情報量等を勘案して、想定される上場後の流通価格から一定率のディスカウントを行うことを意味します。IPOディスカウントが行われる背景としては一般に次のような背景によるといわれています。
① 上場後に十分な流動性が確保できないリスクが存在すること。
② 一般投資家が、新規上場の株式を公募・売出により公開価格で取得する際、投資判断するために参考とすべき上場前の取引事例価格として参照できるものが少ないため、投資判断にあたって一定のリスクが存在すること。
③ 新規上場会社の株式を購入する投資家は、上場会社と比較して投資判断の情報が少なく、目論見書などの限られた情報から独自に分析し意思決定する必要があり、一定のコストとリスクを負わざるを得ないこと。
IPOディスカウントの水準については、公開価格と上場後の株価との差異を分析することにより、推計することが考えられます。
そこで、平成29年において新規に上場した会社の公開価格及びその後の株価の推移から、以下にIPOディスカウント率の推計を示しました。
<表1 平成29年度新規上場におけるIPOディスカウント>
上記の通り、公開価格に対する新規上場後3か月までの平均株価に対するディスカウント率については平均値、中央値共に41%~45%程度となっています。その一方で、ディスカウント率0%以下(公開価格を下回る初値及び流通価格)が数件ありますが、結果的にIPOディスカウントの趣旨に沿わないものになったものと言えます。また、70%を超えるものが数件存在していますが、公開価格の決定において想定した株価を大幅に上回る価格形成がなされたものと考えられます。このように実績から推計するディスカウント率は、その時々の株式市況や新規上場株式を取り巻く環境、個々の新規上場会社に対する株価形成によって変動幅があり、公開価格決定の困難さがあることを示唆するとも言えます。
3.新規公開会社の公開前の直近取引価格と株式公開後の初値との比較
3. 1 非流動性ディスカウントとは
非上場株式は、上場株式と異なり市場で株式を売却することができないため、売却先候補を探し価格交渉等にコストをかけざるを得ない事情があり、投下資本の回収にリスクがあるため一定のディスカウントを受け入れざるをえないため、非上場株式の取引価格を決定する際には、非流動性ディスカウント1)「企業価値評価ガイドライン」52頁では、「上場会社の株式と比較して、非上場会社の株式の流動性は低い。非上場会社の株式を換金しようとするときには追加的なコストがかかるため、非上場会社の株価は上場会社よりも低く評価される。これは、非流動性ディスカウントと呼ばれている。我が国において、非上場会社の評価においては、どの程度の非流動性ディスカウントを見込むべきかに関して合意された水準があるわけではないが、評価の際には類似取引等を参考に考慮する必要がある。」と解説されている。を考慮することが実務では一般的です(No63非流動性ディスカウントに関する判例の考察 参照)。
すなわち、非流動性ディスカウントとは、買い手による将来の売却にかかる見積もりコストを考慮したディスカウントであり、交渉により決定されるものです。交渉により決定される以上、客観的な算式により決定されるものではないが、米国のスタンダードな教科書においては「一般則としては、非流動性割引率は推定価値の20%から30%に設定される2)アスワス・ダモダラン著、山下恵美子訳『資産価値測定総論3』パンローリング、42頁」とあり、我が国でも、実務上、非流動性ディスカウントを30%程度にして株主価値を算定する実務が定着しており、米国のデータとも整合しており不合理なものではないと考えられています。
3. 2 非流動性ディスカウントの推計
しかし非流動性ディスカウントの水準について我が国においてデータが存在しておりません。そこで平成29年に新規公開した上場会社を対象に、公開前の取引価格と公開後の初値を比較することで、非流動性ディスカウントの推計を以下のように試みました3)国際評価基準として公表されているIVS2017における「IVS 105 Valuation Approaches and MethodsOther Market Approach Considerations 30.17」において、非流動性ディスカウントの合理的な方法による定量化の一つとしてこの方法が挙げられている。。
上記より、平成29年に新規上場企業における、公開前の直近の取引価額と上場後の初値のディスカウント率については平均値及び中央値のいずれにおいても60%を超えるものとなりました。取引価額については、DCF法、時価純資産法等のように取引ごとに算定方法が異なること及び譲渡人と譲受人が協議の上取引価格を決定していることなどから、価格決定の前提が一定でないという事情があることから、30%というディスカウント水準は大きく乖離したものと考えられます。
4. おわりに
IPOディスカウント及び株式公開前の取引価格のディスカウントの状況を調査したもののその内容については今後引き続き検討の余地があるといえます。今回の分析はサンプル数が少ないこともあり、改めて範囲を広げた分析を今後の検討課題にしたいと思います。
以上
References
1. | ↑ | 「企業価値評価ガイドライン」52頁では、「上場会社の株式と比較して、非上場会社の株式の流動性は低い。非上場会社の株式を換金しようとするときには追加的なコストがかかるため、非上場会社の株価は上場会社よりも低く評価される。これは、非流動性ディスカウントと呼ばれている。我が国において、非上場会社の評価においては、どの程度の非流動性ディスカウントを見込むべきかに関して合意された水準があるわけではないが、評価の際には類似取引等を参考に考慮する必要がある。」と解説されている。 |
2. | ↑ | アスワス・ダモダラン著、山下恵美子訳『資産価値測定総論3』パンローリング、42頁 |
3. | ↑ | 国際評価基準として公表されているIVS2017における「IVS 105 Valuation Approaches and MethodsOther Market Approach Considerations 30.17」において、非流動性ディスカウントの合理的な方法による定量化の一つとしてこの方法が挙げられている。 |
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