レポート/メールマガジン

REPORTS

プロがまとめた調査・考察レポートを無料公開中

レポート/メールマガジン

M&A・組織再編

No.
38

会社法改正がM&A実務に与える影響

1 はじめに

前回の「会社法改正がキャッシュ・アウト実務に与える影響」に引き続き、平成24年9月7日に法制審議会会社法法制部会によって決定された「会社法制の見直しに関する要綱」(以下、「要綱」という。)による会社法の改正がM&A実務に与える影響について考察していく。前回取り上げた特別支配株主の売渡請求制度を除けば、今回の会社法改正の中でM&A実務に与える影響度合いが大きいものは、「①多重代表訴訟制度の創設」、「②支配株主の移動に伴う募集株式の発行に係る新制度の創設」、「③簡易組織再編時における株式買取請求の廃止」の3つであると考えられる。
「①多重代表訴訟制度」の導入により、従来困難であった親会社株主が完全子会社の取締役の任務懈怠責任を問うことができるようになる。また、「②支配株主の異動を伴う募集株式の発行に係る新制度」の導入により、従来問題視されていた取締役が株主を選ぶという実務に対し、一定の株主が待ったをかけられるようになる。これらの改正により、意思決定を行なう取締役は、現行法以上に説明責任が求められるなど、実務上より慎重な判断が要求されることとなると考えられる。
一方で「③簡易組織再編時における株式買取請求の廃止」は、一見反対の方向、すなわち、既存株主の利益に反する方向での制度改正であるかのように思われる。しかし、本改正はあくまで完全子会社の吸収合併時などの濫用的買取請求を阻止するための改正に過ぎず、取締役の責任を緩和するものではない点に留意する必要がある。
今回のレポートでは前回のキャッシュ・アウト実務と並び、今後のM&A実務に特に影響があると考えられる上記3点につき、改正の概要及び改正がM&A実務に与える影響について考察する。また、「①多重代表訴訟制度」とともに法制審議会会社法法制部会にて親子会社法制の審議中で検討され、導入されることとなった「子会社株式の譲渡時において株主総会を求める制度」及び「親子会社の利益相反取引の開示制度」も実務上非常に注目されるところであり、「①多重代表訴訟制度」の項で併せて検討を行なう。

2 多重代表訴訟

(1)従来の問題点

平成9年の独占禁止法改正によって純粋持株会社が解禁された。純粋持株会社制度を採用する企業グループにおいては、グループ内の主要な事業を営むのは子会社であることが通常である。しかしながら、完全子会社における株主は親会社のみであることから、子会社取締役の善管注意義務違反に基づく責任追及について子会社の少数株主による株主代表訴訟というものは観念できず、親会社の株主が子会社取締役の不公正又は違法な取引によって損害を受けた場合、親会社の取締役に対して子会社の監督義務違反を追及し間接的に子会社取締役の責任を問うか、子会社取締役の第三者に対する損害賠償責任(会社法429条)か、不法行為責任(民法709条)を追及するほかなく、善管注意義務違反による責任を追及することは難しかった。したがって、このような責任負担の構造に起因して、子会社の取締役等には自らの実質的な選任母体である親会社の取締役等の利益を図る誘因が生じ、本来追求すべき親会社株主の利益に対する意識が希薄化するという問題点が存在していた。

(2)多重代表訴訟の概要及び要件

多重代表訴訟とは、一定の要件を満たす親会社株主が子会社役員の責任を訴えにて追及するよう請求できる制度である。もっとも、改正案では多重代表訴訟を認めることによる濫訴の弊害、取締役の責任が過大になることによる業務への萎縮的効果を防止すべく、一定の要件が設けられている。多重代表訴訟の主な要件は以下のとおりである。
① 株式会社の最終完全親会社(株式会社の完全親法人である株式会社であって、その完全親法人(株式会社であるものに限る。)がないもの)の総株主の議決権の100分の1以上の議決権又は、当該最終完全親会社の発行済株式の100分の1以上の数の株式を有する株主であること(公開会社の場合、6ヵ月前から引き続き当該要件を充たす必要あり)
② その原因となった事実が生じた日において当該株式会社の最終完全親会社が有する当該株式会社の株式の帳簿価額が当該最終完全親会社の総資産の5分の1を超える場合であること

(3)実務への影響

完全子会社の取引において、従前以上により慎重な善管注意義務の履行が求められるようになると考えられる。現行法においては、上述のように完全子会社の取締役が親会社株主を害するような取引をしたとしても、親会社株主によって直接責任を追及される可能性は乏しかった。今回の多重代表訴訟制度の導入によって、親会社株主が完全子会社の取締役の責任を問うことができるようになることから、完全子会社の取締役としては、取引価格の公正さを担保するために第三機関等による価格算定を取得するなど、事前に充分な検討を行った上で取引を実行することが求められる。

(4)親会社取締役の責任

多重代表訴訟の導入により子会社取締役の責任追及が可能となる。しかし、その要件は、最終完全親会社が有する当該株式会社の株式の帳簿価額が当該最終完全親会社の総資産の5分の1を超える場合に限られ、また、株式会社の最終完全親会社の総株主の議決権の100分の1以上の議決権又は、当該最終完全親会社の発行済株式の100分の1以上の数の株式を有する株主のみが利用できる制度とされたことから、特に上場会社の一般株主にとっては利用が困難であることが批判されている1)[1] 平成24年12月3日日本経済新聞朝刊。子会社株式の帳簿価額が最終完全親会社の総資産の5分の1を超えなければならないとすると、純粋持株会社制度を採用している総資産の額が大きな大企業グループほど多重代表訴訟が認められず、大企業においては依然として公正性に考慮してないと疑われる取引等も許容されかねない。
無論、取引に公正性が求められるのは完全子会社の取締役に限られない。すなわち、子会社の取締役の任務懈怠とは、取締役が完全子会社に対して負っている善管注意義務に違反することである一方、親会社の取締役も、完全子会社取締役に対する監視義務違反、内部統制システム構築・運用義務違反などの理由により任務懈怠責任を問われうる。子会社取締役の任務懈怠と親会社取締役の任務懈怠は密接に関連しており、取引において子会社の取締役の任務懈怠が認められれば、親会社の取締役にも子会社取締役に対する監視義務違反等の責任が認められうる。このことは、多重代表訴訟の対象である完全親子会社関係に限られるものではなく、一般に親会社株主は親会社の取締役に直接訴訟を提起することにより権利保護を求めることも可能である。これら親会社取締役の子会社管理責任に関する議論は、法制審議会会社法法制部会による要綱の検討過程で改めて審議がなされ、部会の議事録の公表により周知された。従前も親会社取締役に責任を肯定する判決もわずかに存在していた2)[1] 平成5年9月9日最高裁判決、平成13年1月25日東京地裁判決、平成24年4月13日福岡高裁判決などが、親会社取締役の子会社管理責任に関する議論が改めて検討され、公表されたことは、今後のM&A実務や裁判実務にも影響が出てくる問題であると考えられる。

(5)関連する法改正

要綱により、親子会社法制の中で、多重代表訴訟に加えて、「子会社株式の譲渡時において株主総会を求める制度」及び「親子会社の利益相反取引の開示制度」が審議され、導入されることとなった。
子会社株式の譲渡時において株主総会を求める制度とは、子会社株式の簿価が親会社総資産の5分の1を超える重要な子会社の株式を譲渡する行為は、事業譲渡と類似のものと考え、株主総会特別決議を必要とする制度である。この制度の導入にあたり、反対株主には事業譲渡と同様、株式買取請求権が与えられる。従前からこのような規模の株式譲渡を行なう際には、第三者機関による株価算定を取得して価格交渉を行い、意思決定を行なうプロセスが実務上採られているところであるが、改正後は、万が一の株式買取請求から裁判に発展する可能性も見据えたより慎重なプロセスが求められることとなると考えられる。
親子会社の利益相反取引の開示制度とは、親会社との利益相反取引を行った場合に従前より求められていた計算書類の個別注記表における関連当事者取引の記載(会社計算規則112条)に加え、事業報告に下記の事項を記載しなければならない制度である。
① 子会社の利益を害さないように留意した事項(例えば、対価の正当性、子会社での判断の独立性確保)
② 当該取引が子会社の利益を害さないかどうかについての取締役会の判断及び理由
また、監査役(会)は、上記の記載についての意見を監査報告に記載しなければならない。
この制度の導入は、これまで紹介したような直接訴訟を認める制度ではないが、見方によっては、もっとも重要な影響を及ぼす制度であるとも考えられる。
これまでの親子会社間の取引に関する主な開示制度・規制としては、関連当事者取引を財務諸表等への記載する制度に加え、各証券取引所が上場規程中の企業行動規範で定めている「支配株主との取引規制」が挙げられる。支配株主との取引規制とは、平成22年に各証券取引所により新設されたルールで、支配株主を有する上場会社またはその子会社の業務執行を決定する機関が、当該支配株主の関連する第三者割当、株式交換、合併、公開買付け等を決定する場合、支配株主との間に利害関係を有しない者による当該決定が少数株主にとって不利益なものでないことについての意見の取得を求められる制度であり、かつ、これについての詳細な開示が求められる。この規制の導入による実務への影響は大きく、上場会社は、利益相反取引により少数株主が害されるおそれのある、支配株主との重要な取引を行なう場合、特別委員会の設置や第三者機関からのフェアネス・オピニオンの取得を実施するなど、通常の取引にも増した極めて慎重な意思決定プロセスが要求されている。
今回の会社法改正で新設されるこの親子会社の利益相反取引の開示制度も、取引の内容によっては、この支配株主との取引規制に準じた手続きが求められる可能性があるものと考えられ、改正後の実務の動向が注目されるところである。

3 支配株主の異動を伴う募集株式の発行に係る新制度

(1)改正の経緯

募集株式の発行は、公開会社においては有利発行にあたらない限り、取締役会決議によって行なうことができる。したがって、取締役は自らの望む者に第三者割当の形式で株式を発行することができることとなる。この点につき、株主から経営の委任を受けた受任者であるはずの取締役がその裁量で支配株主を決定してもいいのか疑問が呈されていた。この問題に対しては、株主は、取締役会が会社における支配権を維持・取得する目的のために自派の株主のみに株式を渡そうとする場合、不公正発行であることを主張して募集株式発行差止請求(会社法210条)を行なうことができる。しかし、不公正発行による発行差止めが認められた事例3)[1] 不公正発行による差し止めが認められた事例として、忠実屋・いなげや事件(平成元年7月25日)、(新株予約権のケースであるが)ニッポン放送事件(平成17年3月23日)などがある。は少なく、実効性を欠くという意見も実務家から聞かれるところである。

(2)支配株主の異動を伴う募集株式の発行に係る新制度の概要

これらの問題に一定の手当てをしたのが今回の改正で追加される予定の支配株主の異動を伴う募集株式の発行に関する規定である。この規定によって、支配株主の異動を伴うような募集株式の発行については以下のような手続きが追加される。すなわち、①公開会社において、募集株式の発行の結果引受人及びその子会社等の議決権が当該発行後の総議決権の数の過半数を有することとなる場合、有価証券届出書の提出又は株主に対する通知・公告が必要となる。そして、②その通知・公告等の日から2週間以内に総株主の10分の1以上の議決権を有する株主が当該募集株式の当該引受人への引受けに反対した場合、当該引受人に対する募集株式の割当てについて株主総会(普通決議)による承認を得なければならない。ただし、当該公開会社の財産の状況が著しく悪化している場合において、当該公開会社の存立を維持するため緊急の必要がある時は株主総会決議による承認は不要であるとされる。

(3)実務への影響

上述のように、支配株主が異動する場合であっても、従来は有利発行等にあたらない限り取締役会において機動的に資金調達を図ることが可能であった。しかし、本制度の導入により、総株主の10分の1以上の議決権を有する株主が反対すると株主総会が必要となり、資金調達に一定の期間を要することとなる。
この点、実務上は、実際に株主総会を開催しなければならなくなる事例は多くならず、事前に主要株主に説明して理解を得ておき、取締役会による募集事項決定決議の後に反対が出ないような対応が採られるものと考えられる。第三者割当による資金調達を検討する企業は、取引所・財務局への事前相談に先立ち、資金計画の含まれた事業計画を策定した上で、資金調達の目的・資金使途、発行条件の合理性、割当先の選定理由等を各主要株主に対して説明し、了解をとりつけることが必要となる。
ここで問題となりうる大きな項目のひとつは、やはり発行価額である。従来、発行価額については、日本証券業協会の第三者割当増資の取扱いに関する指針(平成22年4月1日)に基づいて、「払込金額は、株式の発行に係る取締役会決議の直前日の価額に0.9を乗じた額以上の価額」又は「当該決議の日から払込金額を決定するために適当な期間(最長6か月)をさかのぼった日から当該決議の直前日までの間の平均の価額に0.9を乗じた額以上の価額」の範囲で決定していれば、一般に有利発行にはあたらないと考えられる実務が定着していた4)[1] 宮入バルブ事件(東京地決平成16年6月1日)で、裁判所もこのような考え方を示した。
しかし、このような考え方が行われているのは第三者割当増資の局面のみであり、その他の株式譲渡や組織再編、TOBなどでは、きちんと第三者算定機関が市場株価法に加え、DCF法、類似会社比較法などにより株式の価値を算定し、これに基いて充分交渉を重ねた上で価格を決定する実務が行われているところである。第三者割当増資に限って市場株価の10%以内のディスカウントであれば有利発行でないという考え方は安直に過ぎるものと筆者は考えている。
主要株主への説明にあたっては、特に主要株主が金融機関や投資ファンド等の機関投資家である場合などには、実務上TOB等に準じた株式価値の説明が求められることとなるものと考えられる。

4 簡易組織再編における株式買取請求の廃止

(1)改正の経緯

現行法上、簡易組織再編においても、通常の組織再編と同じく存続会社等の反対株主の買取請求権が認められている。しかし、簡易組織再編で株主総会が省略することができる趣旨は株主への影響が軽微であるためであるにもかかわらず、現行法は株式買取請求を認めており、しかも、簡易組織再編においては株主総会が行われないため、通常、株式買取請求を行なうための要件である株主総会に先立って組織再編に反対するなどの諸手続きを経ずして、すべての株主に株式買取請求権が与えられてしまうという矛盾が存在していた。まして、上場会社における小規模な子会社の吸収合併などに際して、この制度を利用して市場株価より高い価格での買取りを求める株主が現れるなどの弊害も起こっており、このような株式買取請求の濫用的行使によって、組織再編が阻害されることが懸念されていた。

(2)改正の概要

今回の改正により、存続株式会社等において簡易組織再編の要件を満たす場合及び譲受会社において簡易事業譲渡の要件を満たす場合には、反対株主は、株式買取請求権を有しないものとされる。
なお、略式組織再編又は略式事業譲渡の要件を満たす場合には、特別支配会社は、株式買取請求権を有しないものとし、株式買取請求に関する通知の対象である株主から特別支配会社を除くものとされるという不必要な実務を削除する旨の改正も併せて行われる。

(3)実務への影響

本改正によって、懸念されていた組織再編の阻害要因となりうる濫用的な株式の買取請求に一定程度歯止めがかかると考えられる。他方で、本改正後は簡易組織再編等に該当すれば株式買取請求が認められないことから、少数株主の利益を無視した組織再編に対する対応策がなくなり、株主を害する取引が実質的に許容されるのではないか、又は安易な取引価格の決定が行われるのではないかという懸念が生じる。
しかし、この改正は、あくまで濫用的な株式買取請求を阻止するために行われるに過ぎず、取締役の説明責任を緩和するものではない。実際に安易な意思決定による取引行われ、会社に損害が生じるような場合、株主は、株式買取請求を行なって投下資本を会社から直接回収することはできなくなるものの、株主代表訴訟等による取締役の責任追及を行なうことは依然として可能である。
実務上、組織再編等を実行する際には、組織再編の際に交付される対価や株式の交換比率等について専門の第三者機関から算定等を取得するなど充分な情報を収集し、意思決定を行なうプロセスが確立されている。また、近時の判例においても、子会社株式の譲渡の事案であるが意思決定プロセスの不十分性が指摘され、取締役が敗訴したものがある。
このような昨今の実務の動向や取締役の善管注意義務に関する判例の傾向に加え、本改正での審議(例えば、上述の多重代表訴訟や子会社株式の譲渡時において株主総会を求める制度、親子会社の利益相反取引の開示制度など)の内容を踏まえると、反対株主の株式買取請求制度が廃止されるとしても、組織再編を実行するに際しては、そのような組織再編がなぜ適切なのか、取引価格は合理性を有するのか等の合理性の説明は求められ、その中で少数株主への配慮についても説明することが求められてくるものと考えられる。その説明の説得的な論拠として、専門的なロジックに基づいた、第三者専門機関による算定又はオピニオンは非常に重要な要素となるものと考えられる。

以上

Pocket

References   [ + ]

1. [1] 平成24年12月3日日本経済新聞朝刊
2. [1] 平成5年9月9日最高裁判決、平成13年1月25日東京地裁判決、平成24年4月13日福岡高裁判決など
3. [1] 不公正発行による差し止めが認められた事例として、忠実屋・いなげや事件(平成元年7月25日)、(新株予約権のケースであるが)ニッポン放送事件(平成17年3月23日)などがある。
4. [1] 宮入バルブ事件(東京地決平成16年6月1日)で、裁判所もこのような考え方を示した。

M&A・組織再編のレポートを見る

M&A・組織再編の事例を見る

M&A・組織再編のソリューションを見る

お気軽にお問い合わせ下さい。
 

-お電話でのお問い合わせ

03-3591-8123平日09:00-19:00

-メールでのお問い合わせ

お問い合わせはこちら