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152

買収行動指針とPBR改善計画開示要請 ~資本コスト改善に向けた大きな潮流~(2023年12月27日号)

Topic. ► 買収行動指針とPBR改善計画開示要請 ~資本コスト改善に向けた大きな潮流~


はじめに

2023年8月31日に「企業買収における行動指針」(以下、「買収行動指針」という。)が公表され、上場会社同士の企業買収をめぐる当事者の行動の在り方に関する原則論及びベストプラクティスが提示された。買収行動指針の策定の背景には、企業価値の向上につながるような望ましい買収を生じやすくし、複雑化している経営課題へ取り組む企業の戦略としてM&Aがこれまで以上に活用されることへの期待がある。
一方、東京証券取引所(以下、「東証」という。)が2023年3月31日に公表した「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」と題したレポートの中で、プライム市場及びスタンダード市場の全上場会社を対象に、PBRや資本コストの改善に向けた方針や具体的な目標について開示するように要請したことが注目を集めている。
 
東証は2024年1月15日以降、要請に対応している企業の一覧を毎月公表するとしていることから、対応できていない企業が事実上あぶり出されることとなり、開示へのプレッシャーが一層強まることが想定される。
いずれにおいても「企業価値の向上」を政府と証券取引所が後押しするための取組みであるところ、その前提となる企業価値の適切な把握が急速に求められるようになったといえる。 そこで、本レポートでは買収行動指針に示されている企業価値の定義について改めて振り返るとともに、東証が求める開示要請との関係性についての解説を行う。
 

2つの指針と企業価値

4年前に公表されて実務に定着している「公正なM&Aの在り方に関する指針」(以下、「公正M&A指針」という。)と買収行動指針の両指針において企業価値の定義自体に変更はなく、「企業が将来にわたって生み出すキャッシュ・フローの割引現在価値の総和」であるとされている。これはいわゆるDCF法的な考え方であり、目新しいことはない。しかし、ここで注目したいのは買収行動指針が企業価値に関して一歩踏み込んだ記載をしていることだ。 (以下、買収行動指針引用)
「…また、「企業価値」は定量的な概念であり、対象会社の経営陣は、測定が困難である定性的な価値を強調することで、「企業価値」の概念を不明確にしたり、経営陣が保身を図る(経営陣が従業員の雇用維持等を口実として保身を図ることも含む。)ための道具とすべきではない。」
 
買収行動指針の中では、企業価値が定量的な概念であることが改めて強調されており、企業価値の議論に定性的な概念を持ち出すことで「経営陣が保身を図るための道具とするべきではない。」とまで言い切っている。これは、買収行動指針の中で示された「真摯な買収提案」に対しては「真摯な検討」をすべきという取締役/取締役会の行動規範につながっている。
「真摯な買収提案」を受け取った取締役/取締役会には、現経営陣が経営をする場合の企業価値向上策と買収提案の内容の速やかな比較検討が求められる。しかし、平時から企業価値の定量的な把握がきていないことには買収提案との比較検討も成立しない。つまり、買収行動指針が目指す望ましい買収が生じやすい資本市場の大前提として、各企業が自社の企業価値とその向上策を定量的に把握していることが重要となる。
 
企業価値の定義「企業が将来にわたって生み出すキャッシュ・フローの割引現在価値の総和」を改めて振り返ると、その構成要素が見えてくる。すなわち、企業が将来にわたって稼ぎ出すキャッシュ・フローと、それを現在価値に直すための割引率の2つである。企業価値を向上させるには、極論すれば将来キャッシュ・フローを増やすか割引率を下げるかの2択に集約される。将来のキャッシュ・フローについては、多くの上場企業によって決算説明資料や中期経営計画などで示されているところではあるが、割引率の的確な分析はファイアンスのプロでないと難しい。割引率はWACC(加重平均資本コスト:Weighted Average Cost of Capital)と呼ばれる計算式で算出されるが、WACCの構成要素には、充実したIR活動によって軽減可能なものもあり、東証の要請ともつながる。
 

東証の開示要請と企業価値

東証が「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」を公表した2023年3月31日時点で、プライム市場の約半数、スタンダード市場の約6割の上場会社がROE8%未満、PBR1倍割れと、資本収益性や成長性といった観点で課題がある状況であった。そこで、東証は全上場企業に対する現状分析、改善計画の策定・開示、そして取り組みの実行という一連の対応を要請した。なお、2023年7月時点での開示状況は、プライム市場の31%、スタンダード市場の14%に留まっている。 東証の要請に従ってPBRの向上策を検討・開示を行うことは、2つの側面から企業価値の向上に資する。
 

1.資本コストの分析を通じて企業に期待される利回りや資産効率を分析し、株価を高めるための要素を把握することが、効果の高い改善計画の策定につながる。
2.積極的なIR活動が、投資家のリスク認識の軽減につながる。

PBR向上策は、指標に基づく現状分析から始まる。PBR(株価純資産倍率)は、PER(株価収益率)とROE(自己資本利益率)に分解できる。また、ROEはROA(総資産利益率)と財務レバレッジ(資本に対する総資産の割合)に分解できる。実際にはより細かく多角的な分析が望ましいが、ここまでの分析だけでも企業価値の内訳についての示唆が多分に含まれている。
 

PBR(株価純資産倍率)=PER(株価収益率)×ROE(自己資本利益率)
ROE =ROA(総資産利益率)×財務レバレッジ(資本に対する総資産の割合)

つまり単純化して言えば、PBRを高めるためにはPER(株価収益率)を高めるか、ROE(自己資本利益率)を高めればよく、ROEを高めるためには資産効率を高めるか適切な負債利用を行えばよい。
このように要素を分解し、同業他社やベンチマーク企業と比較することにより、自社の強みと要改善点を把握することができる。

 
ここで、多くの企業で課題となるのが資産効率である。単純にいえばいかに少ない資産で多くの利益を稼ぎ出すかということであり、資産効率の向上には資産を減らすか、より高い利益をあげる資産を購入するかが改善策となる。
過剰な手元現預金や事業に供していない遊休資産等を活用し、資産を減らすことを考える場合には配当や自己株取得などの株主還元の原資にすることが考えられ、より高い利益をあげることを企図する場合には既存事業のための投資を行うか、新規事業に投資するか、またはM&Aを行うことが考えられる。

 

企業価値分析の必要性

買収行動指針ではDCF法による本源的価値の検討が求められ、東証によるPBR向上策の開示要請では資本コストや企業価値の要素分解が求められている。いずれも単なる規制ではなく、企業価値を真に高めるために企業価値の本質を見極めて経営資源の効果的、効率的な配分につなげるための重要な取組みと考えられる。
多くの企業において資本効率の観点から企業価値分析を通じた具体的な改善策が検討され、その実行策として効果的な企業再編やM&Aなどが活発に行われることで市場全体の価値が高まっていくことが期待される。

 

執筆者紹介


山田 昌史 < 常務取締役 / 米国公認会計士・京都大学 経営管理大学院 客員教授 >
早稲田大学 商学部卒業。組織再編・種類株式等の有価証券発行を中心に大手企業からベンチャー企業まで様々なフェーズの資本政策関連のアドバイザリー業務に従事し、多数の案件を手掛ける。多数の上場会社の公開買付け、株式交換、スクイーズアウトによる完全子会社化、共同株式移転などの組織再編アドバイザリーを担当するほか、フェアネス・オピニオン業務、第三者割当てに係る資金調達アドバイザリー、非上場会社の資本構成の再構成コンサルティング、ストック・オプションなどのインセンティブ・プラン導入コンサルティングなどを行う。
 
井上 隆史 < ダイレクター 公認会計士 >
金融機関において、事業統括部門等で事業計画策定、予算管理等に従事。システム開発、営業部門も経験。公認会計士試験合格後にプルータス・コンサルティングに入社し、バリュエーションやFA業務を中心に担当。
 
宮城 拓真 < エグゼクティブ・マネジャー >
大学を卒業後、プルータス・コンサルティングに入社。上場会社同士のM&Aに対するフィナンシャル・アドバイザー業務を中心に、資本政策や組織再編に関するアドバイザリー等幅広い業務に従事。


株式会社プルータス・コンサルティング 広報担当

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