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No.
71
相対リスク比率の時系列変化とその要因
1. はじめに
先月発表した「No.60 日米のデータを用いた相対リスク比率モデルの検証」では、グローバル市場のマーケット・リスクプレミアムを、ある国・地域の市場とグローバル市場の市場インデックスのボラティリティ、すなわち相対リスク比率で補正する「相対リスク比率モデル」の有効性を、日米両国のデータを用いて検証しました。その結果明らかとなったのは、相対リスク比率には算出時点により相当程度の幅があるため、相対リスク比率モデルにより推計される国・地域別のマーケット・リスクプレミアムもそれに応じて変動しうるということです。
「No.49 海外企業における資本コストの推計(3) -相対リスク比率モデル-」では、MSCI株価指数を前提としたアジア各国の相対リスク比率を算出し、その結果が直観におおむね合致することを示しました。しかし、一時点においては直観にある程度合致していたとしても、算出時点により相対リスク比率に相当程度の変動が生じるとすれば、最終的な株式価値、事業価値の評価結果の安定性が損なわれるおそれがあります。
そこで本稿では、アジア各国の相対リスク比率の時系列変化及びその要因を検証するとともに、考えられる問題点及び対処法についても検討します。
2. アジア各国の相対リスク比率の時系列変化
No.60に準ずる方法により、アジア各国の相対リスク比率を算出し、それらが算出時点の違いによりどの程度変動するかを確認してみます。
2. 1 前提条件
ボラティリティの算出にあたり、グローバル市場である米国市場についてはS&P500を用います。ローカル市場については、日本のみTOPIXを用い、その他の国・地域については各国のMSCIを用います。
2. 2 算出結果
表1は、各年末(2014年のみ11月末)を基準として、過去5年にわたるアジア各国の株価指数の週次データに基づき年率のボラティリティを算出し、米国のS&P500指数のボラティリティに対する相対比を求めたものです。相対リスク比率の水準及び変動の大きさを把握するため、国・地域別の平均値及び標準偏差についても示しました。
日本、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポールについては、標準偏差が0.2以内と比較的小さく、その他の国・地域に比べ、相対リスク比率が比較的安定しているということはできそうです。しかしながら、2006年から2007年にかけては、各国の相対リスク比率が急上昇しており、日本は1.20から1.57へ、オーストラリアは0.78から1.07へ、ニュージーランドも0.97から1.34へとそれぞれ変動しています。
<表1-1各国の相対リスク比率の時系列変化(1)>
<表1-2各国の相対リスク比率の時系列変化(2)>
このように、相対リスク比率が比較的安定している国・地域についても、2006年から翌年にかけては相対リスク比率が急上昇しました。全体を通じて見ると、相対リスク比率は2006年から2007年にかけて急上昇した後、2008年、2009年頃にかけては一転して下落し、その後比較的安定した水準を保っているということができそうです。
2. 3 相対リスク比率の変動要因
それでは、2006年から2007年にかけて相対リスク比率が急上昇した理由はどこにあるのでしょうか。結論から言えば、これは各国の株価指数のボラティリティが大幅に変動したのではなく、基準となる米国の株価指数のボラティリティが急落したことによります。
表2は、相対リスク比率の前提となる米国S&P500指数のボラティリティと、各国の株価指数のボラティリティを示したものです。2006年から2007年にかけては、米国の株価指数のボラティリティが12.40%から8.61%へと急落する一方、他の国・地域の株価指数のボラティリティがほとんど変動しなかったため、結果として相対リスク比率が上昇したということになります。
これに対し、2007年から2009年頃にかけて観察された相対リスク比率の下落局面では、急減した米国の株価指数のボラティリティが反動で急騰するとともに、各国の株価指数のボラティリティにも相当程度の上昇が見られました。しかしながら、その変動幅が米国の水準に満たなかったため、結果として相対リスク比率は低下しています。
<表2-1 各国株価指数のボラティリティの時系列変化(1)>
<表2-2 各国株価指数のボラティリティの時系列変化(1)>
以上の通り、各国の株価指数のボラティリティは、観察期間を通じて比較的安定的であったといえます。しかるに、基準となる米国の株価指数のボラティリティが、2007年に表面化したサブプライム問題、翌年のリーマン・ショックなどによって乱高下し、結果的に相対リスク比率を大きく変動させたわけです。
3. 相対リスク比率の時系列変化に伴う問題点及びその対処法
2. で示した通り、相対リスク比率の大幅な変動は、各国のリスクが上昇したというより、むしろ基準となるべき米国市場のリスクが、サブプライム問題、リーマン・ショックといった異常な現象の影響を強く受けたことにより生じていました。このことは相対リスク比率モデルの弱点を示唆しています。すなわち、グローバル市場として想定している米国市場が異常な変動を示せば、各国のリスクに大きな変動がなかったとしても、相対リスク比率が変動してしまうからです。
このような問題点を解消するには、相対リスク比率の前提となるボラティリティについて、複数時点の観測値を平均するなどの方法により、短期的な変動の影響を受けにくくするという方法が考えられます。相対リスク比率によって補正されるマーケット・リスクプレミアムは、過去の長期間にわたる株式市場の収益率を平均することによって算出され、一時的な要因の影響を受けにくい性質を持つ以上、相対リスク比率についても短期的な変動を平準化することには意義があると思われます。
ただし、マーケット・リスクプレミアムの算出にあたり、どれだけの期間のデータを平均するかが問題になるのと同様、相対リスク比率の変動の平準化に際しても、どれだけの期間のデータを平均するかが重要な問題となり得ます。相対リスク比率の平準化の方法については、今後多角的な視点から検討して行く必要があるものと考えています。
以上
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