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No.
146
非流動性ディスカウントに関する新たな最高裁判例の考察(2023年6月30日号)
Topic. ► 非流動性ディスカウントに関する新たな最高裁判例の考察
はじめに
最高裁判所は、令和5年5月24日に「 会社法144条2項に基づく譲渡制限株式の売買価格の決定の手続において裁判所が上記売買価格を定める場合に、DCF法によって算定された上記譲渡制限株式の評価額から非流動性ディスカウントを行うことができる」旨を判示(「令和5年最決」)した。
実務家の間で有名な同種の裁判例として、道東セイコーフレッシュフーズ事件(平成27年3月26日最高裁決定「セイコーフレッシュフーズ最決」)がある。収益還元法においては非流動性ディスカウントを行うことはできないとされたものであり、その旨の報道もなされて今日に至るまで非上場会社のM&Aや株式評価実務に一部混乱を生じさせている。
同じくインカム・アプローチを用いた算定に対して両最高裁決定は非流動性ディスカウントの取扱いが一見して矛盾するとも思える。本稿では、非流動性ディスカウントの概念と実務上の取扱いを解説した上で、上記両裁判の考え方について考察する。
そもそも非流動性ディスカウントとは何か
非上場株式は、上場株式と異なり市場で株式を売却することができないため、売却先候補を探し価格交渉等にコストをかけざるを得ない事情があり、また一定以上の期間を要することによって機会費用も生じることから、一定のディスカウントを受け入れざるをえない。このような事情から非上場株式の取引価格を決定する際には、非流動性ディスカウントを考慮することが実務では一般的である。
すなわち、非流動性ディスカウントとは、買い手による将来の売却にかかる見積もりコストを考慮したディスカウントであり、交渉により決定されるものである。交渉により決定される以上、客観的な算式により決定されるものではないが、米国のスタンダードな教科書においては「一般則としては、非流動性割引率は推定価値の20%から30%に設定される1)アスワス・ダモダラン著、山下恵美子訳『資産価値測定総論3』パンローリング、42頁 」とある。
我が国でも、実務上、非流動性ディスカウントを30%程度にして株主価値を算定する実務が定着しており、国内外の実証研究によるディスカウント率とも整合している。
セイコーフレッシュフーズ最決
セイコーフレッシュフーズ最決では、取引の前提に関連して以下のように判示された。
非流動性ディスカウントの適用検討に当たって、自らの意思で株式の売却を望んだものではないとの事情が考慮されている。企業価値評価上は自らの意思で売却するか否かにより価値が異なるとは考えられないためこの点にも議論の余地があり得る2)いわゆる「プロ・ラタ価値説」。主な文献として、宍戸善一[1990]「紛争解決局面における非公開会社株式の評価」岩原神作編『現代企業法の展開-竹内昭夫先生還暦記念』435頁、久保田安彦=湯原心一[2019]「譲渡制限株式の売買価格(下)事前の観点を重視して」旬刊商事法務15-17頁ものの、法律的な整理であるものとしてこの点は本稿では措くこととする。
企業価値評価理論の観点から検討すべきは次の箇所である。
※下線部筆者
マーケット・アプローチでは時価(市場株価)と比較して算定する手法であり、その結果は流動性を前提とするため、非流動性ディスカウントを考慮すべきであるとする一方、インカム・アプローチ(収益還元法)は時価と比較する過程がない手法であり、流動性の有無を前提にしないため、非流動性ディスカウントを考慮すべきでないと解釈できる。
しかしながら、インカム・アプローチは、対象会社の将来の収益(フリー・キャッシュ・フロー)の現在価値をもって株主価値とするものであり、将来価値を現在価値に割り引くにあたっては、通常は類似上場会社から求められる割引率を基礎に検討をするため、上場会社並みのリスク・リターンや流動性が確保されていることを前提にした評価手法である。したがって、インカム・アプローチにおいてもマーケット・アプローチと同様に、基本的に上場株式に比べて流動性が低いことを理由とした減価(非流動性ディスカウント)の検討を行う必要がある。
なお、本決定の解釈について法学者や実務家の間では、収益還元法に非流動性ディスカウントを適用すること自体が否定されたものではなく、算定過程において割引率に流動性による減価要素の含まれるサイズ効果(企業規模が小さいこと)を考慮した場合には重ねて非流動性ディスカウントを行うべきではないことを明らかにしたにとどまるという見解が有力であった3)星明男[2016 ]「判解(最決平成27・3・26)『平成27年度重要判例解説(ジュリスト増刊)』108頁、有斐閣
宮崎裕介[2016]「批判(最決平成27・3・26)」金融・商事判例1501号5-7頁
飯田秀総[2021]「非上場株式の評価(判例解説 最決平成27・3・26)」岩原神作=神作裕之=藤田友敬編『会社法判例百選(第3版)』181頁
。
令和5年最決
同最決では冒頭のとおりDCF法による評価結果に対して非流動性ディスカウントを考慮することが是認されている。
もっとも、譲渡制限株式の評価額の算定過程において当該譲渡制限株式に市場性がないことが既に十分に考慮されている場合には、当該評価額から更に非流動性ディスカウントを行うことは、市場性がないことを理由とする二重の減価を行うこととなるから、相当ではない。しかし、前記事実関係によれば、本件各評価額の算定過程においては、相手方らに類似する上場会社の株式に係る数値が用いられる一方で、本件各株式に市場性がないことが考慮されていることはうかがわれない。
したがって、DCF法によって算定された本件各評価額から非流動性ディスカウントを行うことができると解するのが相当である。
※下線部筆者
このことから、本件では以下2つのことが判示されたと解釈できる。
①譲渡制限付き株式の売買価格の決定をする場合においては、当該譲渡制限株式が任意に譲渡される場合と同様に非流動性ディスカウントを行うことができる。
②インカム・アプローチにおいても、市場性が無いことを理由に減価を行うことが相当と認められるときは、非流動性ディスカウントを行うことができるが、評価額の算定過程において市場性が無いことが既に十分に考慮されている場合には、さらに非流動性ディスカウントを行うことは、二重の減価を行うこととなるから相当ではない。
令和5年最決により判示された2点から考える今後の実務
譲渡制限付き株式の売買価格の決定については、セイコーフレッシュフーズ最決の以前も以後も、第一審または第二審において、非流動性ディスカウントの適用を認めた裁判例は複数ある4)セイコーフレッシュフーズ最決後の高裁決定として東京高裁平成29・1・26がある。。
他方で、合併等に反対する株主の株式買取請求に係る価格決定申立事案、すなわちスクイーズアウト価格を求める事案では、カネボウ事件、セイコーフレッシュフーズ最決といった最高裁判例において、非流動性ディスカウントの適用を否定している。
この度の令和5年最決においても「任意に譲渡される場合」と射程を限定して非流動性ディスカウントの適用が是認されたことからすると、自ら売却する意思を有するかどうかが今後も法律上の見地からの分水嶺と考えられる。ただし、前掲脚注2のとおり学説では、自ら売却を選択したか否かにかかわらず非流動性ディスカウントを適用すべきとの見解も有力である。かかる見解によれば、少数株主のスクイーズアウトにおける救済を意識しすぎるあまり過大な株価で決定される場合には、本来有する価値を超えて少数株主のみが価値の移転を受けることとなり、それを企図して株式買取請求制度が利用されるなど、歪んだインセンティブが生じる可能性があると解説される5)田中亘[2017]「ファイナンスの発想から考える会社法-NPV、企業(株式)価値評価、増資等」司法研修所論集126号124-125頁 久保田安彦=湯原心一(注釈3同)18-20頁。少数株主の意思によって非流動性ディスカウントの適否が変わるという結論が今後も続くのかは注視していく必要がある。
セイコーフレッシュフーズ最決では、表面的には収益還元法に非流動性ディスカウントは馴染まないとされたが、法学者や実務家による解釈の趨勢は、算定過程において割引率に流動性による減価要素の含まれるサイズ効果を考慮した場合には重ねて非流動性ディスカウントを行うべきではないことを明らかにした、というものであった(前掲第3節参照)。
令和5年最決はかかる学説が支持された(または元よりそのように考えられていたことが明らかになった)と考えられる。
サイズ効果については本稿では深入りしないが、評価人によってはサイズ・プレミアムとしてCAPMで算出した割引率(例えば5-8%)に対してさらに6-10%が加算されるようなことがある。このサイズ・プレミアムがそもそも株式価値算定とは異なる目的で計算されたデータであり、算定に用いることに対しては理論的説明可能性が欠如していることや、日本の学術研究による水準(0.9-1.7%)と大幅に乖離していることについてはさておき、価値算定結果は上記の例では約半分かそれ以下となる。そこにさらに非流動性ディスカウントを適用してしまってはさらに小さな値となる。算出根拠についても重複するところがある両減価要素を二重で適用することは許されないというのが本決定の趣旨と考えられる。今後の実務において改めて注意が必要になる。
補足的な点として令和5年最決では以下についても言及されている。
令和5年最決において参照された鑑定では30%の非流動性ディスカウント率が採用され、最高裁は原審の判断を是認した。非流動性ディスカウントの水準は実務においても交渉で決定されるものであり、裁判例においても事案によって15%、20%、25%、30%など様々な値が用いられている。日本の実証研究としてはM&A取引データの上場会社と非上場会社の比較により、-24.0~-30.7%というデータ6)山本剛=杉本智浩=鈴木一功[2016]「日本における非流動性ディスカウントの実態」MARR258号52-58頁が存在し30%という水準はこれに整合的といえる。本決定において採用された減価率が今後も継続的に適用されるか否かについても注視しておくべき要素である。
以上のとおり、令和5年最決は今後の非上場株式の評価実務にとって重要な影響を与え得る内容が複数含まれている。内容や背景を十分理解した上で今後の論評や実務の変化に注意をしていく必要がある。
執筆者紹介
山田 昌史 < 常務取締役 / 米国公認会計士・京都大学 経営管理大学院 客員教授 >
早稲田大学 商学部卒業。組織再編・種類株式等の有価証券発行を中心に大手企業からベンチャー企業まで様々なフェーズの資本政策関連のアドバイザリー業務に従事し、多数の案件を手掛ける。多数の上場会社の公開買付け、株式交換、スクイーズアウトによる完全子会社化、共同株式移転などの組織再編アドバイザリーを担当するほか、フェアネス・オピニオン業務、第三者割当てに係る資金調達アドバイザリー、非上場会社の資本構成の再構成コンサルティングやインセンティブ・プラン導入コンサルティングなどを行う。
井上 隆史 < ファイナンシャル・アドバイザリー部 エグゼクティブ・マネジャー >
金融機関において、事業統括部門等で事業計画策定、予算管理等に従事。システム開発、営業部門も経験。公認会計士試験合格後にプルータス・コンサルティングに入社し、バリュエーションやFA業務を中心に担当。
株式会社プルータス・コンサルティング 広報担当
〒100-6035 東京都千代田区霞が関3-2-5 霞が関ビルディング35階
TEL:03-3591-8123
※ 本メールは、プルータス・コンサルティング社員が名刺交換および面談させて頂いた皆様にお送りしております。配信停止のご希望は こちら から承ります。
References
1. | ↑ | アスワス・ダモダラン著、山下恵美子訳『資産価値測定総論3』パンローリング、42頁 |
2. | ↑ | いわゆる「プロ・ラタ価値説」。主な文献として、宍戸善一[1990]「紛争解決局面における非公開会社株式の評価」岩原神作編『現代企業法の展開-竹内昭夫先生還暦記念』435頁、久保田安彦=湯原心一[2019]「譲渡制限株式の売買価格(下)事前の観点を重視して」旬刊商事法務15-17頁 |
3. | ↑ | 星明男[2016 ]「判解(最決平成27・3・26)『平成27年度重要判例解説(ジュリスト増刊)』108頁、有斐閣 宮崎裕介[2016]「批判(最決平成27・3・26)」金融・商事判例1501号5-7頁 飯田秀総[2021]「非上場株式の評価(判例解説 最決平成27・3・26)」岩原神作=神作裕之=藤田友敬編『会社法判例百選(第3版)』181頁 |
4. | ↑ | セイコーフレッシュフーズ最決後の高裁決定として東京高裁平成29・1・26がある。 |
5. | ↑ | 田中亘[2017]「ファイナンスの発想から考える会社法-NPV、企業(株式)価値評価、増資等」司法研修所論集126号124-125頁 久保田安彦=湯原心一(注釈3同)18-20頁 |
6. | ↑ | 山本剛=杉本智浩=鈴木一功[2016]「日本における非流動性ディスカウントの実態」MARR258号52-58頁 |
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