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インセンティブ・プラン

No.
100

有償新株予約権に関する実務対応報告の公表の影響と今後の展望

1. はじめに

これまで、弊社レポートでも複数回に渡って紹介を続けておりました有償新株予約権(いわゆる有償ストック・オプション1)なお、「有償ストック・オプション」という呼称は、有償新株予約権が一般的な無償型のストック・オプションとは異なる性質を有していることから相応しい呼び方とはいえないとされていますが、導入事例の多さなどを考慮し、本稿では便宜上、「有償ストック・オプション」と記載することとします。)について、2018年1月12日に企業会計基準委員会(ASBJ)より実務対応報告第36号「従業員等に対して権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引に関する取扱い」が公表されたことにより、会計処理に関しての一定の決着を迎えることとなりました。有償ストック・オプションは、付与対象者がその公正価値を対価として支払って新株予約権(株式を購入する権利)を取得し、予め設定された業績や株価などの目標(権利確定条件)を達成できた場合に、権利を行使することで株式を取得できる取引のことです。新株予約権を取得するにあたり、付与対象者が自らその公正価値相当額の金銭を払い込むという点において、一般的な無償型のストック・オプションと異なり、会計上の報酬に該当しないものとして、費用計上の対象とならないという特徴がありました。この有償ストック・オプションは、無償ストック・オプションにおける問題点2)有償ストック・オプションの特徴として、よく話題とされるのは会計上の費用計上の不要という点でしたが、実務においては、報酬ではないインセンティブ・プランとして株主総会を経ずに制度導入ができるという手続面のメリットや、新株予約権の行使時点に課税がなされないという税務上のメリットなども特徴とされています。を解決できるものとして2006年頃から登場し、2010年に導入したソフトバンクをはじめ、上場会社の事例だけでも既に600件以上の導入事例があります。本稿では、上記実務対応報告の公表までの経緯と適用後の展望と実務上のポイントについて解説します。

2. 実務対応報告の公表までの経緯

従来の無償ストック・オプションは、企業が従業員等に「労働の対価として」新株予約権を付与する取引であり、すなわち「報酬」にあたることから、会計上では費用として扱われてきました。
一方、有償ストック・オプションは、付与対象者となる企業の従業員等が自ら対価となる金銭を払い込んで新株予約権を取得すること、及び有償ストック・オプションは殆どのケースで業績条件などの権利行使条件が付されており、権利行使が出来なくなる可能性が存在することから、その性質は労働の対価ではなく「投資」であり、企業と付与対象者との間での金融商品の売買取引として扱われ、費用計上は不要とされてきました。
しかし、現在の日本の会計基準等を制定している企業会計基準委員会(ASBJ)関係者の間では、有償ストック・オプションについても会計処理を明確に定める必要があるのではないか、という議論がなされてきました。その結果、2014年11月の基準諮問会議にてASBJでの検討テーマとして取り上げられることとなり、ASBJの実務対応専門委員会で有償ストック・オプションの会計処理に関する議論が開始されることとなり、そして、約3年半の議論の末、2017年5月10日には実務対応報告の公開草案が公表され、一般のコメントが募集されることになりました。
この公開草案は、これまで「投資」であるとされていた有償ストック・オプションについても「報酬」の範囲に含まれるものと考え、会計上の費用を計上するという内容であったため、ベンチャー企業や公認会計士を中心に多数の反対意見が寄せられました 3)寄せられたコメントは件数にして253件、うち有償ストック・オプションを報酬として扱うことに対する賛成意見が6件、反対意見が203件であったとされています。(週刊T&A master No.707 2017.9.18)。その後、ASBJでは、寄せられたコメントについて約4ヶ月の審議を行い、2018年1月12日に実務対応報告第36号「従業員等に対して権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引に関する取扱い」(以下、「実務対応報告」といいます)が公表されました。
よって、本実務対応報告の適用日である2018年4月1日以降に付与4)ストック・オプション会計基準では、付与日は会社法における割当日を指すものとして扱われています。される、「従業員等に対して交付する」、「権利確定条件を付している」など所定の内容を満たした有償ストック・オプションについても、企業会計基準第8号「ストック・オプション等に関する会計基準」(以下「ストック・オプション会計基準」という。)に定められている「ストック・オプション」に該当するものとされ、「ストック・オプション」と同様の会計処理を行うこととなります。

3.具体的な会計処理

実務対応報告では、有償新株予約権においても、基本的には無償ストック・オプションと同様に、ストック・オプション会計基準に準じた会計処理が求められています。
具体的な会計処理としては、まず新株予約権の付与時において付与対象者から払い込まれる金額を純資産の部に新株予約権として計上し、権利確定時点までの各期間においては、当該新株予約権の公正な評価額(付与日における公正な評価単価×個数)から前述の払込金額を差し引いた金額のうち、対象勤務期間を基礎とする方法等により当期に発生したと認められる額を費用として計上します。ここでいう「公正な評価単価」は、ストック・オプション会計基準特有の概念で、会計処理の対象となるストック・オプションを、権利確定条件を何ら付さないものと仮定して計算した際に算出される、いわゆるプレーンバニラの新株予約権の価額を表します。付与対象者からの「払込金額」は、新株予約権に設定されている権利確定条件を考慮した、新株予約権の時価をもって決定されるため、「公正な評価額」よりも低い価額となります。このため、結論として、この「公正な評価単価」と「払込金額」との差額分が費用として計上される形となります。
この会計処理は、ストック・オプション会計基準第44項にも記載されている通り、「企業は、ストック・オプションを付与(給付)する対象者に対して、権利確定条件(勤務条件や業績条件)を満たすようなサービスの提供(反対給付)を期待し、契約締結時点であるストック・オプションの付与時点において、企業が期待するサービスと等価であるストック・オプションを付与していると考えられる」ことに基づいており、当該サービスに係る金額(費用計上される部分)と既に現金として払い込まれた金額とを合計した額が公正な評価額と等価になるものと考えられるために行われているものです。すなわち、付与対象者は発行されるストック・オプションの対価として、一部は現金を払い込み、残りの金額は権利確定日までの間においてサービスによって提供する(=徐々に費用として計上される)形となる、と言い換えることが出来ます。そして、権利確定日を迎え、当該新株予約権が行使された、もしくは失効した場合には、この払込金額に係る部分についても、払込資本に振り替えるもしくは利益として計上されます。
なお、当該有償ストック・オプションについて、従業員等から受けた労働や業務執行等のサービスの対価として用いられていないことを立証できる場合には、当該新株予約権はストック・オプションに該当しないものとし、有償ストック・オプションの従来の会計処理である企業会計基準適用指針第17号「払込資本を増加させる可能性のある部分を含む複合金融商品に関する会計処理」に従った処理を行うものとなります。

3.2経過措置

今回の実務対応報告は平成30年4月1日以後の適用となりますが、その適用日より前に従業員等に対して権利確定条件付き有償ストック・オプションを付与した取引については、一定の事項について注記を行う必要はあるものの、本実務対応報告の会計処理によらず、従来採用していた会計処理を継続することができると明記されました。
この点、公開草案では公表日以後適用とされていたところ、実務上の混乱を避ける等の理由によって一定の周知期間を設けることが有用であると考えられたことから、実務対応報告における文言が公開草案から唯一改正されたという経緯があります。

3.3未公開企業における特例

ASBJは、2018年1月12日、実務対応報告の公表と併せて、公開草案に対して寄せられたコメントへの回答を公表しています。ここでは、寄せられたコメントに対して、実務対応報告の本文では言及されなかった実務上の取り扱いに関するASBJの見解が示されています。その中でも有償ストック・オプションの実務において特に重要な事項として、有償ストック・オプションにおいて「未公開企業における特例」が適用されることが明らかにされたことが挙げられます。
ここで、「未公開企業における特例」は、ストック・オプション会計基準において規定されている特則で、株式を取引所等に上場していない「未公開企業」については、株価情報が市場に存在せず、費用計上額の基礎となる公正な評価額を見積もることが困難である等の理由から、費用計上を行う会計処理の計算要素となる「公正な評価単価」に代えて、その単位あたりの「本源的価値」の見積もりによって費用の金額とすることが認められています5)ストック・オプション会計基準第13項 。「本源的価値」とは、ストック・オプションの付与時点における株価から権利行使価格を控除した値のことです。すなわち、付与時点において既に生じているキャピタル・ゲインを表す金額と言えます。ストック・オプションは、将来における株価の上昇を期待して従業員等に付与されるものであることから、通常、権利行使価格は付与時点の株価と同額もしくはそれよりも高い価額に設定されます。従って、一般的なストック・オプションの付与時点における本源的価値はゼロであることが多く、事実上費用が計上されない(0円の費用が計上される)こととなります6)週刊T&A master No.729 2018.3.5「有償SO、未上場企業は費用計上不要」
この「本源的価値」の見積もりによる未公開企業の特例に関しては、従来有償ストック・オプションの場合にも適用できるのか否かについて論点となることもあり、公開草案に対するコメントにおいても日本公認会計士協会や新経済連盟などを中心に、最も多くのコメントが寄せられた事項でした。そして、これらのコメントへのASBJからの回答として、今回の実務対応報告はあくまでも「現行の会計基準の解釈として権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引の会計処理について明らかにすることを求められたもの」であり、もし適用を認めないとするとストック・オプション会計基準の改正が必要となること、及び幅広い関係者に影響を与えることから、「現行のストック・オプション会計基準及びストック・オプション適用指針を見直さないこととした。」という内容が公表されました7)ASBJによる「主なコメントの概要とそれらに対する対応」論点項目27-28参照https://www.asb.or.jp/jp/wp-content/uploads/summary_yusho2017ed.pdf。これによって、ストック・オプション会計基準における未公開企業の特例は、ストック・オプションが無償で発行されたか有償で発行されたかは問わず、実務対応報告の適用後においても適用可能であることが明らかとされました。

4. 実務対応報告適用後の有償ストック・オプションのメリット

さて、上記のとおり会計上は費用計上される運びとなった有償ストック・オプションですが、これまで有償ストック・オプションの導入件数が増加していた理由としては、単純に費用計上がないことのみではなく、他のインセンティブ・プランにはないメリットが存在することにありました。
有償ストック・オプションは無償ストック・オプションと異なり、税務上、公正価値での売買取引であることから、新株予約権の取得時及び権利行使時において給与等課税事由が生じないこととなり、給与所得には該当しないものとなります8)デロイト トーマツ税理士法人 西村美智子 森将也「上場準備会社におけるインセンティブプランの検討~特定譲渡制限付株式・ストックオプションを交付した場合の課税関係~」(国税速報 第6431号 2016.10.10) 。そして、その後の株式売却時にのみ譲渡所得が生じたものとされます。よって、似て非なるものとして税制適格ストック・オプションがありますが、これには年間行使金額の制限や制度設計上の制約が存在します。税制適格にならない場合、権利行使時に給与所得となりますが、権利行使時には行使のために現金が拠出された上、高い税率の税金を支払うこととなり、現実には行使不能となることもあります。有償ストック・オプションについては、公正価値で取引されている限り、株式売却時、すなわち、現金を受け取った時点で譲渡所得として課税されるのみですので、このような問題は生じません。
また、発行会社の取締役に発行する際において、無償ストック・オプションでは会社法上報酬となるため株主総会での決議が必要とされますが、一方で有償ストック・オプションは会社法上の報酬には該当しないとされていることから当該株主総会決議が不要となり9)日本監査役協会 監査実施要領 Ⅳ―1など 、取締役会のみで発行出来ます。その為、年に1度の定時株主総会のタイミングを待たずに新株予約権が発行でき、機動的な制度導入が可能となる点が手続面でもメリットとされています。
さらに、無償ストック・オプションでは、付与対象者となる従業員等に対し無償で付与されることから、付与対象者からするとよくわからないがタダで貰ったというイメージで受け取られることがあり、インセンティブとしての効果が薄くなってしまうという問題点があります。ストック・オプションの導入を決定した企業(経営者)は希薄化に憂慮しながらも付与の効果の方が高いとみて決断するわけですが、これでは付与対象者との間に温度差ができてしまう結果となります。この点、有償ストック・オプションでは、付与対象者が自らの判断において資金を負担することで新株予約権を取得するため、新株予約権の発行条件をよく吟味して新株予約権を購入するプロセスが経られ、結果として付与対象者に会社の業績や株価を強く印象付け、社内における意識改革の動機として機能させることができます。このため、業績や株価について士気の高い者に対して付与することができ、その付与対象者の目線を会社と合わせられることから、経営者の導入意図を効果的に伝達させることができ、より強いインセンティブ効果を期待できます。
近年は、上場企業が将来有望なベンチャー企業への投資を行うことも増えてきました。非上場会社を子会社として出資している上場企業からすれば、子会社において計上された費用は連結ベースの親会社業績にも影響を与えるほか、将来的に出資先の企業の上場を目指していくにあたり、IPO価格の計算要素として利益水準が大きな影響を与えるため、費用計上による損益計算書へのマイナスの影響が生じないインセンティブ・プランの確立は重要な問題となります。この点、金銭報酬では費用計上及びキャッシュアウトが発生し、譲渡制限付き株式等の他のインセンティブ・プランについても費用計上を伴うことから、今回の制度変更を経ても事実上影響を受けない非公開会社においては、依然として有償ストック・オプションが有力な選択肢になるものといえます。

5. おわりに

今回の実務対応報告の公表により、有償ストック・オプションにおいても会計上の費用が計上されることとなりますが、前述したように有償ストック・オプションは、単に費用計上を避けるために存在するスキームではなく、他のインセンティブ・プランにはない数々のメリットがあるため、今後も有償ストック・オプションを発行する企業があるものと考えられます。
特に、未上場企業においては前述の特例が適用できることから、これまでよりも導入事例が増えることも予想されます。また、上場企業においても、費用計上こそされてしまいますが、無償ストック・オプションや譲渡制限付き株式など、株式を用いた他のインセンティブ・プランは、どれも費用計上がなされることから、今回の実務対応報告における取扱いは、実質的に有償ストック・オプションを他のインセンティブ・プランと同じ土俵に立たせることによって比較可能性を高めたものともとれます。
今後、インセンティブ・プランの導入を検討する企業にとっては、各種インセンティブ・プランの制度比較を行い、それぞれの特徴を理解した上で意思決定を行う必要があります。有償ストック・オプションには、発行条件について自己判断というプロセスを経て引き受けるという独特な特徴を有することから、今後も経営施策の重要な選択肢の1つといえます。

以 上

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References   [ + ]

1. なお、「有償ストック・オプション」という呼称は、有償新株予約権が一般的な無償型のストック・オプションとは異なる性質を有していることから相応しい呼び方とはいえないとされていますが、導入事例の多さなどを考慮し、本稿では便宜上、「有償ストック・オプション」と記載することとします。
2. 有償ストック・オプションの特徴として、よく話題とされるのは会計上の費用計上の不要という点でしたが、実務においては、報酬ではないインセンティブ・プランとして株主総会を経ずに制度導入ができるという手続面のメリットや、新株予約権の行使時点に課税がなされないという税務上のメリットなども特徴とされています。
3. 寄せられたコメントは件数にして253件、うち有償ストック・オプションを報酬として扱うことに対する賛成意見が6件、反対意見が203件であったとされています。(週刊T&A master No.707 2017.9.18)
4. ストック・オプション会計基準では、付与日は会社法における割当日を指すものとして扱われています。
5. ストック・オプション会計基準第13項
6. 週刊T&A master No.729 2018.3.5「有償SO、未上場企業は費用計上不要」
7. ASBJによる「主なコメントの概要とそれらに対する対応」論点項目27-28参照https://www.asb.or.jp/jp/wp-content/uploads/summary_yusho2017ed.pdf
8. デロイト トーマツ税理士法人 西村美智子 森将也「上場準備会社におけるインセンティブプランの検討~特定譲渡制限付株式・ストックオプションを交付した場合の課税関係~」(国税速報 第6431号 2016.10.10)
9. 日本監査役協会 監査実施要領 Ⅳ―1など

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